数日後
神聖王国の首都、王宮の中のバラ庭園。芳しい花の香りに包まれた場所。『薔薇の間』でお茶会が開かれていた。お茶会と言いつつもその宴席で語られるのはこの神聖王国のすべての重要事項。故に民草の間ではこの茶会は薔薇評議会と呼ばれていた。午後のいささかまぶしすぎる日を浴びる小さな円卓を囲むのは三人。秩序の守護騎士とよばれるジャンヌ・アルトリカ、正義の調停者である女王アエギナ・ヴァギア、そして慈悲の女神の地上の代理人である大神官テッサ・アルテア。この神聖王国のすべてを決める三人だった。
机の上に置かれた大輪の薔薇の花束、その上にひときわ高く突き刺された銀の剣が描かれた国旗が窓から入ってくる柔らかな風にゆっくりと踊る。
「アルトリカ、辺境のオーク討伐ご苦労様でした」
そう、女王アエギアが言った。一児の母であるというのに、その美貌に陰りがさす気配すらなく窓から入る日の光を金色の髪がキラキラと神々しいとすらいえるほどに輝いている。アルトリカと比べると柔らかい女性らしい面立ち、ふっくらとした胸が白いドレス越しに彼女の女性らしさを強調している。
「低能なオークごときは、私の騎士団の敵ですらありません。ただの塵です。ですから、そのようなもったいないお言葉はいずれ我々の薔薇騎士団が真の敵と国境でまみえた時におかけいただきたく思います」
厳粛な面持ちで、黒い艶やかな髪をかき上げながらアルトリカが言う。その黒髪が際立つような深紅のスカートと男物を改造した身軽そうなジャケットを着ている。
「しかし、辺境の民の安息は天下国家の安逸であり、それが女神アルテア様の御心なのです」
三人の中で最も幼く見える、二回りほど小さな少女がそういう。シルバーブロンドの髪が聖衣の隙間から溢れて太陽の光を浴びて輝き、アエギナと対照をなしていた。ゆったりとした白い聖衣。銀の剣を前面にあしらったその聖衣とは対照的な線の細い少女こそ、この国のすべての人々の崇敬の対象であるアルテア神の地上の代理人、テッサ・アルテアであった。
「はい、それこそが我が魂の望むところ。どうか、女神アルテア様のご加護がこの国に末永くあらんことを」
ふふ、っと少女が柔らかくほほ笑む。
「そういえば、女王陛下、国王陛下のお加減、いかがでしょうか?」
アルトリカの言葉にアエギナが首を横に振る。半年前以来神聖王国の国王は不治の病に臥せっていた。もともと病弱で知られた王子であったので、人々は仕方がないといいながらも女王の政治を受け入れていった。爾来、神聖王国の政治はこの薔薇評議会で決まるようになった。いつの間にか宮廷内では女性の発言力が増えていき、現在では大臣の半分までが女性によって占められていた。
閣僚会議が社交界と化しているなどと揶揄するものもいないわけではなかったが、それらのほとんどは地位を失った男性貴族の妬みであり、ほとんどの国民たちは現状に満足していた。貴族たちでさえも、家紋の名声を維持しようと一門の女たちに教育をつけ、政界デビューを促すさまであった。
結局、それまで飾りでしかなかったアルテア教の大神官、テッサ・アルテアを国民統合の御旗として、貧民救済・辺境開拓を行い民心を得たアエギナの勝利だった。今では彼女の権威を疑う者はおらず、権力の基盤は盤石そのものだった。国家はますます発展し、国境紛争では優位に立ち、辺境のオーク討伐に腹心の銀剣騎士団を送れるほどに国力に余裕があった。
「まったく、この国の男達ときたら…」
そうアルトリカがあしざまに言おうとするのをテッサが止める。
「悪い言葉は悪い心を呼び起こしますよ。あなたこそ民の英雄、神聖王国の銀の剣なのですから、人々の模範であってほしいんです」
「そうですよ。いずれあなたにはわたくしの息子の剣術指南を行ってもらおうと思っているのですから、粗雑な言葉使いは戦場だけにしておきなさい」
「申し訳ありません、陛下。以後注意します!」
言葉上では慇懃に、けれども雰囲気の上ではそれほど反省した風も見せずにアルトリカが言う。彼ら三人はすでに各々の地位について以来すでに幾度となくこの薔薇評議を行ってきた。すでに三人の間にはそれぞれの職責を超えた、信頼関係、年齢や性格の違いを超越した友情のようなものがあった。だからこそ、この場においては率直な物言いが許される風だった。女たちの談笑によってこの国は動いているのだ。
「そういえば、この度の遠征の途中でダルマキア辺境伯の娘のユリシア殿にお会いしましたが、大変信仰深く教養のあるかたでした。辺境伯は女の活躍に大変ご理解のある方で娘を中央に仕官させたいとのご意思をお持ちでした」
「そうですか。ダルマキア辺境伯は我が国東部の要石。その御身内を王都に留め置けるのであれば、願ってもいないこと。ではどのような役職がその方に向いていそうですか」
上品にティーカップを傾けながら女王がほほ笑む。
「辺境に通じた娘ですので、治水大臣付き秘書官補佐などがいいと思います」
「そうですか。ちょうどそこら辺の役職に会議中に勃起している無礼な男がいましたので、それと交換することにしましょう」
こうして淡々と金縁の瀟洒なティーカップに注がれた黄金色のお茶とともに政治的論点が三人の女たちによって飲み下されていく。これから彼女たちの育てている王国に、そして彼女たち自身に降りかかる災厄の陰にすら気が付かずに…。
コメント