二章:級友の家でアルバイト

二章:級友の家でアルバイト
 私の『アルバイト』の最初の日、学校帰りに渡された地図に沿って金成君の家を探す。
 その邸宅は金成君らしいといえばらしかった。キンキラのバルコニー、無駄に彫刻があしらわれている。二階建てか三階建てだけどどれくらい広いか外からは推し量れない。
 ごくっとつばを飲み込んでやはり金色であしらわれた呼び鈴を鳴らす。
「ああ、織乃。入ってきてよ」
 そうあの粘っこい声が傲岸に命令して門が開く。
「フヒヒ、いらっしゃい」
 その部屋に足を踏み入れた瞬間、こもったような匂いに思わず顔をしかめてしまった。狭い部屋じゃない。だからこそデスクの周りの散らかり具合が強調される。床に散らばったティッシュやビニール袋。たくさんのショーケースが置かれていてアニメのキャラのフィギュアがあられもないポーズをとっている。私はその下品な一角を極力見ないで聞く。
「じゃっ、まずは僕の部屋の掃除からお願いしよっかな。ちょっと散らかっててゴメンね、ヒヒ」
 こともなげにそういう。
「まぁ、覚悟はしてとぁ。ジャージに着替えたいんだけど、トイレはどこかしら」
「だめだよ。せっかく制服なんだからさ。制服のままのほうが、フヒヒ…クラスメートをこき使ってる気がしてて楽しいからね」
「金成君、今まで言うのを我慢してたんだけど、あなたって最低ね」
「フヒヒ、知ってるよ。だから何さ、さぁやってよ」
 そう開き直られて絶句する。ニヤニヤそんな私をねめつける彼の視線にゾワゾワする。
「わかったわよ。ゴミ袋どこ」
 溢れたゴミ箱を見ながらそういう。
「そっちの物入れの中にあるの適当に使ってよ」
 高そうなデスクチェアに座りながらアゴで指す。本当に最低。
 仕方ないのでとりあえずゴミ袋を開いて、床に落ちているゴミを拾って入れていく。なんかカピカピのティッシュが異臭を放ってるんだけど、なにこれ…。それになんかドロドロしたものが入ったコンビニ袋、放り投げられたエロ本。いや、普通に生活してたらこうはならないでしょという汚れだらけだ。
「ふー、だいぶきれいになってきたね。クラスメートをこんな風にアゴで使えるのは最高だねぇ、ヒヒヒ。まぁ、だいぶマシになったから掃除はそんなところで、明日は掃除機かけてよ。じゃぁ、次はちょっと宿題見て」
「はいはい、わかったわよ」
 そう言って出してきたテキストは中学生のもので再び私は絶句した。
「え、同じクラスよね。なにこれ」
「ハハハ、さぁ教えてよ。うちの学校はいるときは旧校舎の取り壊し費用と引き換えに入れてもらったからさぁ、全然勉強してないんだよね」
 ありえない。心のなかで悪態をつきつつ隣りに座って教える。本当にこのバイトするならいろいろ考えないと。コイツの勉強計画とか、しつけとか。
 ただ、その日は特に何もなく終わった。恐れていたようなセクハラとかそういうのはなくて少し安心した。
 二日目。昨日と同じように下品な意匠の施された金成の家に行く。ガランとして人気のない部屋を抜けて、金成君の部屋に入る。一日で汚したとは思えないほどまたゴミが散らかっている。ため息をつきながら言う。
「あんたねぇ、ゴミ箱に捨てるくらいしなさいよ」
「ヒヒヒ、拾ってくれる人がいると思うとそんな面倒なことする気にならないんだよね」
 もう…ため息をつきながら悪臭のするティッシュを披露。なんだろこのティッシュ…。湿ってるけど。そして昨日できなかった掃除機をかける。ふぅ、だいぶ足の踏み場ができてきれいになってきた気がする。そうすこし達成感を感じているとまたしてもあのねばっちい声が命令する。
「あ、ちょっと今日はそこの下着の手洗いも頼むね」
 そう指差した先には洗濯板と数枚のブリーフ。これまた悪臭がひどい。
「あんたん家って洗濯機買えないほど貧乏じゃないでしょ」
「だってクラスメートが手洗いした下着を着て学校に行くって気分いいじゃん、ブホホ。特にそのクラスメートが織乃だとね」
 ほんと、コイツ最低。言い争っても仕方がないのでわざとらしく大きくため息を付いて流し台で黄ばんだブリーフを洗う。
「織乃ってなんだかんだ言ってできた女子だよな。掃除も手を抜かないし、こうやって言えば文句言いながらもちゃんとやってくれるし」
 そう満足気に行ってくる金成くんの言葉を無視する。早く終わらせないと、アイツを勉強させられない。
 そして私はこのバカを半年で授業に追いつかせるためのスパルタカリキュラムに直面させてやった。正直少し復讐心があったことは否定できない。それでもおとなしく話を聞いて勉強してくれたのは意外だった。
 そして休み時間。
「そうそう、織乃ってなんかゲームやってるの?」
「べつに…ファンタジー・ギア・オンラインだっけ、すこしやってるけど」
 そういったのはコイツに変な話を振られたくなかったからだ。
「へーFGやってるんだ。見せて見せて!」
 身を乗り出してくる
「うわぁ、よわよわだね。え、3年もやっててこれ?逆にすごくない」
 相変わらず人を苛立たせる才能だけはある。まぁ別に本気でやってたわけじゃないし、吉貴君とのコミュニケーションのネタの一つだから。でもだからこそ二人の努力を否定された気がして苛立たしい。
「そういうあんたはどうなのよ!」
 そう言って金成君のスマホを取り上げる。
「え、なにこれ。思わず絶句する」
 見たことのないレベルの数字が並んでいる。
「まぁ、大したことないけど一応上位ランカーなんだよね、フヒッ」
「どうせ、課金しまくったんでしょ」
「ヘヘ、そうだよ。すごいでしょ。まぁ使えないと思うけどとりあえずフレンド申請するね」
 拒否するより早くフレンズ申請が飛んでくる。申請を認めたのは仕事の一部だ。コイツの友達ごっこも仕事のうちだから。
「そんじゃっ、お近づきの印に『愛呪の首輪』あげるね。僕と一緒に戦うと全部ステータス三倍になるイベント限定オリジナルアイテムなんだ」
 レアリティ最高のアイテムが問答無用で送られてくる。私の持っている最高レアリティのアイテムがこんなやつに与えられたものだなんて恥辱だ。
「フヒヒ、織乃には勉強教えてもらってるからね、今度は僕が織乃にゲームの仕方を教える番だよねぇ」
 ちっちゃい自尊心だと思う。まぁそれでもコイツが満足するならいいかと思えてしまう。まったくもう。二日目だけど、徐々にこの気持ちの悪いやつとの付き合い方もなれてきた気がする。
 三日目、特に考えることもなく金成君の家に行く。まずは掃除から。ほんっとにすぐ汚くするんだから。汚れた部屋は徐々にきれいになってきている。今日は雑巾がけ。
「私が掃除している間。金成君は問題集のここを解いてなさいよ」
 三日目になり私をニヤニヤ見るのに飽きたのか、金成君にそう指示すると素直に机についた。そして私が雑巾がけをしていると、金成君の消しゴムがデスクの下に転がる。
「あ、織乃。とってよ」
 ごめんの一言も言えないからクラスで嫌われてるのよと説教したくなる。ため息を付いて机の下に潜り込む。消しゴム、消しゴム…スマホのライトをつけてデスクの中で探す。次の瞬間ガッチリと金成君の足が私のお腹をホールドする。
「え、何!!」
 混乱する。次の瞬間お尻が涼しくなる。
「へ~織乃のパンツは水色なんだ。結構かわいいじゃん」
 カシャッシャッとスマホのシャッターが着られる音。ついにきたか。でもまるで小学生みたいなイタヅラだと思う。
「こら!やめなさい!」
 力ずくで後ろに出る。キャスター付きの椅子に座っているせいで金成君ごと後ろに押し出すのはそこまで難しくない。
「金成君、最低よ。そんなんだから歩くヘンタイキモブタオタクって呼ばれてるのよ。さぁ、とった写真を消しなさい」
 そう言うと抵抗もせずに金成君は素直にスマホを渡してきた。
「ごめん、ちょっと出来心なんだ」
 そう謝罪する金成君。そういえば今まで一度も謝ったことがないのに、今日は謝ってくれた。その変化がなんとなく心地よくて、それ以上追求しなかった。

コメント

タイトルとURLをコピーしました