Chapter 2: Prologue 2: The aroma of corruption and the shadow of the greatest enemy
(退廃の臭いと宿敵の影)
退廃には匂いがある。それは人を引きつける甘い麻薬の匂いであり、ハエを引きつける甘い死体の匂いだ。警察の役割は街のゴミ掃除、退廃の臭いを俊敏に嗅ぎ取ってそれがろくでもないハエ共を引きつける前に処理すること。
そして銀河警察の特務捜査課としてチームを率いる以上私に求められている嗅覚は普通の警察官のそれではない。全宇宙の中でもっとも退廃が香る中で、その臭源を特定し、逮捕することで銀河から退廃の影を一掃する。
ここもそんな幾度となく嗅いだ退廃の甘い匂いに満ちた空間だった。爆音でメロウな響きの音楽が流れ、フラッシュビームが狂乱に踊る群衆を照らす。
「エリ姉、あれ」
私の隣りにいる少女が耳元でささやいてあごでステージを指す。彼女は私の部下のイツキ=パーシモン、その圧倒的な剣術の腕を見込まれて半年ほど前に特例として私のチームに配属された捜査官だ。まだ、10代の小柄な体躯が潜入のための肩をざっくりと出した青いパーティードレスの下で音楽に合わせてリズミカルにビートを刻む。
彼女が指した先にはステージがあり、イツキよりも遥かに年下の少女が学園の制服とおぼしきものをはだけながらポールダンスを踊っている。その一つだけとってもこの高級クラブは銀河条約の未成年保護令に違反している。
私は首を横にふる。だが、私達の目的はあのレベルではないと示すために。私、エリッサ=シトラス一等捜査官が銀河警察特務捜査課の課長としてここに来たのは宇宙マフィアの大物の取引があるとタレコミがあったからだ。
イツキとともにリズムを刻みながらクラブを見渡す。未成年の少女のポールダンスに人々は目もくれずに夢にうなされたように踊っている。いや、実際幻覚を見ているのかもしれない。このクラブ中に充満する甘い麻薬の匂い。高級なカクテルがフラッシュライトに光り、麻薬の甘い煙が雲を成す。アルコールも香水も、麻薬の臭いさえまだまだ私が探すに値する腐敗の臭いには届かない。
ふと上を見た。巨大なホールの天井にくっつくようにしてVIP席が見える。私のかけているメガネ型情報デバイスの機能でそのうちの一つに沢山の人間がいて、サーモグラフィー分析の結果薬物の燃える火が見えない。タバコすら中では誰も吸っていないようだ。おかしい、これほどの退廃に燃えた空間でその空間だけがまるで氷のように冷たく見えた。
「ヘイ、そこのブロンドのボインの姉ちゃん。美人だね、オレと踊ろうぜ」
そう冷静に分析していた私の肩に馴れ馴れしく手が置かれ、麻薬の甘い匂いをさせながら優男が話しかける。
私は無視してイツキに目配せをしてVIP席の三番目のボックスをさす。
「おい、無視するんじゃねえよ。お高く留まりやがって!」
ヤク中が私に切れる。だが、そんなこと関心の対象ですらない。言葉もなく鋭いピンヒールで男の靴を思いっきり踏みつける。グニュッと靴が破け、肉に食い込む感覚がある。男は痛みに叫んでその場にうずくまる。爆音のミュージックと踊り狂う人波のなかで誰一人きにしない。
事前のブリーフィングで知らされたとおりVIP席への複雑な経路をイツキと駆け上がる。
「おい、ここは立入禁止だ!」
途中で見張りの男たちが声をかけてきて、レーザーガンを突きつけようとする。だが、レーザーガンが構えられるよりも早く神業レベルのイツキのシンセティックブレードがきらめく。日本刀のような片刃の刃に出力調整可能なレーザーの刃が付き、出力を自在に調整できる刃がたった一度きらめき、一振りで二人の男の日本の腕が宙を舞い、あまりの痛みに一瞬で意識が飛ぶ。イツキが『カマイタチ』と名付けたその刀は名前通りのスピードで大の大人二人を無力化させる。
「ビンゴだね、エリ姉」
気安く話しかけてくるイツキをたしなめる。まだ彼女は若く限界を知らない。だから、すぐに気を抜くのだ。
「緊張の瞬間はこれからだ!気を抜くな!」
「イエス!エリ姉」
そう言って冗談めかしてイツキが敬礼する。駆け抜けた先には更に二人の見張りがいた。二人がこちらに気がつくのとほとんど同時に私のテイザーガンが電撃のムチを二人に振るう。光速で射出されたワイヤーが男たちに触れた瞬間、強力な電撃で男たちを無力化する。
気絶した大男を放置して、VIP室の問題の部屋に近づく。ガラスの薄い扉越しに私の眼鏡が暗視モードになって中の様子を確認する。
全部で9人が中にいる。そのうち一人は四つん這いになって背中に台をのせてテーブル代わりになっている。悪趣味だがありふれた悪徳だ。二人は別の二人の股ぐらに頭を突っ込んでいる。奉仕させられている娼婦だろう。ならば向かい合って女どもに奉仕されている二人が今回のターゲットの可能性が高い。そしてターゲットの後ろに控えている4人は護衛というところか。
「いやぁ、さすがノワール様。いいメスを持っていますな。フェルミエール産でしょう?商売女ではない少女の奉仕はいいものですな」
「ふふ、ファン=サン大臣、この前フェルミエール旅行をプレゼントしたばかりでしょう?ずいぶん楽しんだようで」
中の音声をデバイスの集音マイクが拾う。イツキに腕を指差して合図する。私達のつけているブレスレットは変装用の擬態デバイス『ミミクリー』だ。突入と同時にコードを叫べが音声入力によって自動で変装用の擬態ドレスから戦闘用のパワーアシストスーツに変わる。「それよりも、例のブツはここにある。新作の配列データだ。これをやるからアーヴァン地区での売人は見逃せ、逮捕したものもすべて釈放だ」
「わかった。代わりに私がセンター地区で私のシマを持つことを認めてくださるんですな」
中の男たちは外の喧騒と比較してあまりにも冷静で冷徹だった。片方の男の言葉に対してもう片方が沈黙する。その間チュップ!はむむむんん…!ッチュプチュルルルっと口淫の淫らな音だけが響く。
「…そうだ。大臣、あなたに特別にセンター地区の支配権と新作のデータを差し上げる」
イツキにむかって指を三本立ててみせる。三秒後に突入だ。
「商談成立ですな」
私の指が2本折れる。
「それでは大臣にはステージのガキを…」
そう言いかけた瞬間、私の腕が怒りの握りこぶしに変わり、私が扉を開けてイツキが突入する。
「悪を捉える光の剣!闇を照らす銀河警察の光弾!旋風の捜査官!特務捜査課イツキ=パーシモン二等捜査官、見参!」
頭に巻いたトレードマークの白い鉢巻をはためかせて突入しながらそう叫ぶイツキ。名乗りなど子供っぽいからやめるように言っているが未だに彼女はやめる気配がない。だが確かに彼女のミミクリーが階級と名前、所属を認識し、
セクシーなパーティードレスを解除する。そして彼女のまだ十代のしなやかな肢体を包んだのはデフォルトの戦闘用パワーアシストスーツだ。体にフィットしたピッチリとしたスーツが筋肉をアシストし、普通ではありえない身体能力を与えてくれる。
イツキの刀が一閃すると放たれたレーザーの刃が空気を切り裂きかまいたちを作り出して敵の護衛のうちの半分の足を一閃する。残りの二人が放ったレーザーガンのエネルギー光線も高密度で圧縮されたイツキのシンセシスブレードで簡単に薙ぎ払われる。
一秒おくれて私がVIP室に踏み込む。
「銀河警察特務捜査課、エリッサ=シトラス一等捜査官だ。抵抗の意志のないものは全員武器を置け!」
そして突入とともに私は椅子に座っていた男のうちの片方に向かってテイザーガンで電撃ワイヤーを射出する。それは私のミミクリーが擬態ドレスを解除し、パワーアシストスーツに変わったのとほとんど同時だった。
今までにないほどにスムーズに進んでいると思えた。だが、次の瞬間、バリバリンっと音がして下の階の音楽が部屋に流れ込んでくる。大物のうちの一人が窓を割って三階下のステージに飛び降りた。おそらく人体改造で体を強化しているから出来た芸当だろう。
「あちゃー、にげられちまったよ!足にはあたったと思うんだけど…たぶん強化パーツを入れてるね。怯みもしなかったよ」
イツキの悔しそうな声がする。私はそれに構わず、私の電撃で動けなくなっている大物の片割れを組み伏せ、電子手錠をかける。
「違法薬物取引及び未成年姦淫でお前を逮捕する。お前には弁護士を呼ぶ権利があるし、黙秘してもいい。だが、正義は絶対にお前を許しはしないぞ、惑星エデン国民健康大臣、ファン=サン!」
「おお、大物じゃん。ボクたちが逮捕した中で汚職大臣なんて一番の大物じゃん!」
そう言いながらイツキが少女の背中に乗っていた机の天板を放り投げる。階下では警察の特殊部隊がタイミングを計って突入したため、阿鼻叫喚になっている。人身売買、違法薬物取引、多くの犯罪者が逮捕され、これで多少は私達の銀河はクリーンアップされるだろう。
「キミたち、大丈夫?いますぐ毛布を持ってこさせるからね。ボクはイツキ=パーシモン、銀河警察の捜査官だよ。だから安心して」
電気がつけられて明るくなった室内でイツキが奉仕させられていた少女たちに声を掛ける。明るい光のもとで彼女たちがイツキと同年代の少女だとわかる。ピンク色のフリフリのついたセクシーな下着で飾り付けられてまるで性具のように扱われていた。状況がわからなくて混乱しているのか言葉を発することもなく震えている。
それから数日後。銀河警察特務捜査課所有の惑星犯罪調査船インテロゲーター内でこの件の顛末が報告されていた。
「惑星エデンのファン=サン大臣は取り調べ中だ。実際に訴追されるかどうかは不透明だが我々はすべての証拠を揃えた、あとは惑星エデンの法システムに委ねる他ない。そしてこの件に関してもう一つ発見があったらしい、リー=アプリコット医務捜査官、報告を頼む」
犯罪現場にいるときと違わない緊張感のある冷たい声色でエリッサ=シトラスが発言する。この特務捜査課の課長であり、宇宙マフィアたちから雷撃のエリッサと呼ばれ恐れられる凄腕だ。20半ばでまだまだこれから活躍し続けることを多くの善良な市民たちから嘱望されている。
報告を指示されたのは真逆の女性だった。エリッサと同じく豊満な体つきだが、優しそうなタレ目に年上の落ち着きと優しさが同居している。
「はい、今回現場にいた被害者の脳に大型の人工寄生生物が確認されました」
全員のホログラムデバイスにCTスキャンの詳細な画像が映し出され、少女たちの脳にいびつな形の生物が取り付いている様が表示される。
「どのような影響があるかは未だに検証段階ですが、一つの可能性として銀河指名手配中の人造生物のエキスパートの存在が疑われます」
「ガニマタハル=デカティムポーだな」
ギリリっとエリッサが歯を噛む音が聞こえた。彼女にとってガニマタハルはかつて取り逃がして以来ずっと逃げ続けている宿敵なのだ。
「はい、まだ確定ではありませんが。今回の被害者が全員惑星フェルミエール自治共和国の星川学園の生徒であることから、この学園に関わっている可能性が高いかもしれません」
「よし、今すぐ惑星フェルミエールに調査依頼を出せ。早ければ早いだけ被害者を減らせる」
「でも、フェルミエールって女性の権利の保護で知られた先進惑星群の一つだよね。なんでそんなところに、罠じゃないかな?」
それまで沈黙を保っていたこの会議ただ一人の男がそう言った。男とは言っても小柄で童顔なため年下に見えてしまう。
「大丈夫よ、ベリアル。普段どおり冷静に進めていけばうまくいくはずだ」
そうエリッサが言う。ベリアルと名前を呼ぶときだけかすかに優しい感じになるのは彼が最近結婚したエリッサの夫だからかもしれない。
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