4月7日
[佐藤圭吾]
新学期が始める。進路が決まる大切な一年の始まりに俺は気を引き締めていた。心地よい春の日差しの中で聞きなれた声が校舎の陰から聞こえてくる。
「こら、あなたたち、またこそこそタバコなんて吸って。法律違反よ、わかっているの。それに制服も着崩して、だらしないと思わないの。先生に言うわ」
「うっせーなー、いいんちょーがぁ。いつもいつも、新年度の始まりくれぇ見逃せよ!」
「あなた達の将来を考えて私は注意しているのよ」
「はぁ~、そんなこと頼んでねーんだよ!いいかげんにしねーと、いてこますぞ、コラァ!」
脅すように叫ぶ不良、でも少女の声はひるまない。
「やってみなさいよ!そしたらあなた達全員即刻退学よ。いなくなって私の仕事が減って学校が平和になるわ。いやなら、せいぜいまじめに生きることね」
「クソがっ」
ガラの悪い染髪した不良たちがこそこそと逃げ出している。
「あら、ケイ君。見た?」
黒髪のショートをヘアピンでまとめてアンダ―フレームの眼鏡越しに俺を見上げている。身長は165センチくらいだったか、俺よりは少し小さいぐらい。先ほど不良たちと相対した時とは打って変わってどこか恥ずかしそうにもじもじしながら言う。
春休みの始める少し前から俺は彼女と付き合い始めた。同じ塾に通っていて冬期講習以来頻繁に顔を合わせていた。塾でまじめに勉強する彼女の姿はクラスで不良たちをしかりつけている普段の彼女とはどこか違っていて、いつの間にか自習室で隣で勉強することが増えていた。そして春休み前、おそらく恋愛なんかに興味のなさそうな彼女にダメもとで告白したら以外にもオーケーが出た。もちろん、彼女のスレンダーな体と肉付きのよい胸が自習室で地味に目立っていたということは否定できないけれど、彼女の強い意志とまじめさこそがたぶん俺をひきつけたのだと思う。
だから彼女は俺の自慢だ。春期講習を通じて幾度も一緒に勉強会をして、二人で目標さえ立てた。偏差値が二人とも60を超えたらキスしようって。真面目な彼女らしい提案だった。たぶん、キスのその先はきっと卒業してからなんだと思う。聞いてみれば俺たちは同じ志望校で、同じ学部を希望していた。
そんな彼女はどうやら最近俺に不良たちを注意しているのを見られるのを気にしているようだった。聞いてみれば『ほら、女の子らしくないし…』っと普段厳しめな彼女らしくない返事が返ってきた。クラスで文武両道才色兼備で知られるカオリの隠された一面をまるで神経衰弱のカードをめくるように一枚ずつ開けていく。それはとても楽しい日常だった。
「ケイ?なにぼけっとしているの?一緒に塾で自習するのよね」
彼女のまっすぐな瞳が俺の方を見ている。
「ああ、ごめん。カオリのこと考えてたんだ。俺の彼女なんて嘘みたいだなって」
赤面するカオリ。
「え、えええ。何いきなり言い出すのよ。私まで恥ずかしいじゃない。自習に集中できなかったらどうするのよ、あんたのせいよ。
早く行くわ」
照れ隠しのように足早に昇降口に向かって歩き出すカオリ。その小さきけれどきっちりと引き締まった背中を見ながら俺はこの日々が愛しいなっと感じた。
4月15日
[三倉圭織]
それが起こったのはちょうど三年生に入った頃だった。家に帰るとなんだかガラの悪い人たちが上がり込んでいた。
「おいおい、何してくれとんじゃ、我ぇ!」
パンチパーマの中年のおじさんがお父さんに向かって怒鳴りつけている。話を聞けば、通勤中に父さんの車がヤクザの外車に擦ってしまったということらしい。一方的に延々と怒鳴りつける頭の悪そうな男に対して私は我慢できずに言い返してしまった。
「アンタいい加減にしなさいよ!子供みたいにぎゃあぎゃあ喚いて何様のつもりよ!警察呼ぶわよ」
「ほぉ、こいつぁ威勢のいいガキやな!」
パンチパーマがガンをつけてくる。
「おお、お前風紀委員の三倉圭織じゃねぇか!」
パンチパーマに影に隠れてた金髪の少年が現れる。その顔には見覚えがあった。岸和田翔平だ。クラスの問題児で不登校気味、噂では学校の不良の元締め的な立ち位置だとか。私も何度か喫煙を注意したことがあったのを私は思い出した。
「あんたね!なんとかしなさいよ!」
見知った顔に向かって私が怒ってもあまり効果はないようだった。
「まぁ、オレもクラスメートの家をイジメたくはないけどさぁ、仕方ねーんだわ。お前のとーちゃんが組の車に傷つけちまったからよぉ。修理だけで3千万はかかるらしいんだわ」
「あんたねぇ、そんな難癖払うと思ってるの?」
すこし落ち着いた声で私が言うと、逆上して怒鳴りつけてくる。
「ぁああん、たかがクラスの風紀委員ごときでオレに説教してんじゃねーぞ。オレこんなんでも親父が組のトップだからよぉ、おめぇなんかどうにでも出来るんだぞ」
「じゃぁ、まずこの現状をなんとかしなさいよ」
「そーだな、3千万をちゃらにするこたぁできねーけどよ、風紀委員長が30分間オレの言うことを聞いてくれるなら3千円に負けてやってもいいかな、シンキングタイムは10秒な」
むちゃくちゃだ、いきなりカウントダウンを始める岸和田君。このまま話し続けてもきっとらちが明かない。頭の中で全力でそう計算して、彼の気まぐれが変わらないうちにさっさと決めざるを得ないと判断する。30分ならせいぜいセクハラぐらいだろう。流石に本番は…無理よね。
「わかったわよ、だからさっさとでて行きなさい」
「おら、おめーら行くぞ。もちろん委員長も30分はドライブ付き合ってもらうぜ」
「仕方ないわね」
そう言って恐る恐るついていく。どこに連れて行かされるのか不安だけれども、割り切って弱みを見せないことが大切だ。
「おら、乗れ!30分間おしゃべりしながらドライブだ」
それは黒塗りのベンツだった。パンチパーマが運転して後部座席に岸和田が乗る。私が乗るとすぐに車が動き出す。
「ほら、30分携帯でセットしたからな。これがなった時にお前が帰るって言ったらちゃんと送ってやっからな」
「なによ、素直じゃない」
思ったより話は早く進む。岸和田君ってこんなに素直なキャラだったっけ?でも、今のところ怪しいそぶりはないし。
「オレも男だからな、男に二言はねーよ。じゃぁ、これ」
そう言って差し出してきたのはタバコだった。
「私が吸うわけないじゃない!」
はねつけた私を車内の三人がギロっと見る。
「ちげーよ、オレはな吸えって命令してるんだ!吸やぁ、お前も良さがわかるから」
なるほど、つまりこいつは私が喫煙を注意したことを根に持っていたわけだ。そして私が吸えば共感されるとでも思っているんだろう。不良って思ったより純情なのね。まぁ、勉強しないバカなんだから仕方ないかもしれないけど。
気が進まないけれども、約束なので一本タバコを取り上げる。翔平がジッポっていうんだっけ?銀色のライターで火をつける。私は紫煙の立ち上るその白い棒状のものの片方を口に加える。健康被害が少しでも小さくなることを祈りながら浅く吸い込む。
「そんなんじゃ、だめだ。ほら吸い込めよ!」
そう言いながら翔平が私の唇のタバコを押し込もうとする。その瞬間、とっさのことに深く吸い込んでしまった私は激しくむせ返ってしまう。ノドがイガイガして頭が割れるように痛い。なんだかめまいもする気がする。急速に眠気にも似た朦朧とした感覚に襲われる。
[岸和田翔平]
ふぅ、やっと小うるさい風紀委員長が静かになった。こいつに三年分の借りを返すためにやっと手に入った特上のブツだ。三倉圭織の吸ったタバコは特別製で海外から取り寄せた極めて依存性の高いヤク、『パセシー』を濃縮して染み込ませている。
こいつの効能は3つ。まず非常に高い依存性。中毒症状が現れると匂いだけで薬物を見つけられようになるほど五感が研ぎ澄まされ、渇望感に苛まれるようになるらしい。それから、薬物の効果が続く間酩酊状態では正常な判断を失いなんでも言われるがままに行動してしまうらしい。つまい、この小うるさい委員長はオレの思うがままってわけだ。そして最後の効果として、全身の神経が活発化して感覚が鋭敏化する。
もともとはどっかの国がスパイの口を割らせるために開発したらしいと噂されるいわくつきのものだ。今回も手にいれるのにかなり気を使った。
「三倉、ほらもっとすえよ」
彼女の口にヤク入のタバコを深く咥えさせる。さっきまで小癪にも浅く呼吸しようとしていたのに、もう脳まで影響がいったのか抵抗もしない。ガバッと大きく足を開かせる。スカートをまくり上げて色気のないパンツをあらわにしても何の抵抗もないふだんぎゃあぎゃあ小うるさい風紀委員長が嘘みたいに静かだ。
「マサ、カメラよろしくな」
助手席の舎弟が最新の高性能カメラを構える。
視点の定まらない目で虚空を見つめている三倉を無視してオレはそのセーラー服の中に手を突っ込む。風紀委員長のくせにエロい体しやがってこいつの体は前から気になっていたんだ。たぶんクラスの女子の中で五本の指に入るくらいスタイルがよくて男好きのする体をしていやがる。
そこでちょうど携帯のアラームがなる。カメラに向かって携帯の画面を見せてやる。
「三倉はオレともっと遊びたいよな?」
そう強く聞く。三倉の耳元で何度も『お前は遊びに行きたい』『お前は遊びに行きたい』と耳打ちしてやる。すると三倉は笑顔で嬉しそうにカメラに向かって多少舌足らずではあるものの言う。
「…あそび…に…いく……」
あ、こいつこんな風に笑うんだ。オレ切れてるこいつしか知らなかったから多少意外だなと不覚にも三倉の笑みに思ってしまう。ま、これから二人で楽しいことを一杯すりゃぁいっか。沢山笑顔(笑)にしてやるからな。
「おっけ、おっけ。
おい、ヤり部屋の方に向かってくれ」
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