[塩豚太]
唐突だが俺には弟がいる。イケメンで外資系の企業に務めていて年下の美人の奥さんと結婚して、年頃の娘がいる。そんな幸せで円満な家庭を築いている人生の勝ち組の弟だ。それどころか塩豚なんて名字は体面が悪いからとさっさと奥さんの性に変えやがった。しかも、俺のことを見下していて事あるごとに俺に説教かましてくる鬱陶しいやつだ。
まぁ、聡明な読者諸氏ならここまで書けば俺が次にどうするかは既に予想がついているだろう。
そして、一つだけ俺がそのクソ兄貴の弱みを握っていることがある。兄貴は奥さんに隠れて地下アイドルの追っかけをやっているということだ。仕事終わりの飲み会と言いつつライブハウスに通ったり、出張と言いつつ遠征に行ったりしているみたいだ。さぁ、これをどう利用しようか。
[岩亀征夫]
兄貴が飲みに行こうと言ってきた。最近やっとまともな仕事についたらしい出来損ないの兄貴だ。仕事の方は順調らしく、やたらと可愛い運転手付きの車で迎えに来た。正直、あの兄貴がこんなふうになるのは詐欺にあっているとしか思えなくて心配になって飲みに付き合うことにした。兄貴が勝手に詐欺られて身を持ち崩すのはいいが、弟の私まで巻き込まれたら嫌だからだ。
高層ビルの最上階にあるバー。いかにも高そうなそこで兄貴がどう考えても似合っていないのにマティーニなんか傾けている。私はただの付き合いなのでかるくモヒートを頼む。こういう高級そうなバーに似つかわしくない若いバーテンの女性がシェイカーをふっている。
「お代は俺が払うからね、ウヒッ」
そう言う兄貴。控えめに言って気持ち悪い。
「兄さんさぁ、最近何してるの?随分羽振りが良くなったみたいだけどね」
「ああ、ちょっと人にはいえないんだけど、教育関係のコンサルみたいなことをしているのかな、フヒヒヒ」
随分ふんわりとした答えが返ってきた。人に言えないとかって時点でまともじゃない。犯罪がらみっぽいと思う。クソ兄貴がついにやらかしたのだろう。
「それでさ、本題なんだけど、俺の会社が事業拡大でねタレント関係の事務所をひらくことになってアイドルグループを引き抜けないかなって思ってるんだ。つっても、俺はアイドルとかそういうの詳しくないし、兄貴に助言もらえないかなって。できればプロデューサーとかしてもらえたら嬉しいんだけど」
ほら、俺のことを巻き込んできた。まず名前も言えないような会社に誘おうって時点で常識無いし、そんな都合の良すぎる話があるはずがない。そして妻と娘がいる私にそれを投げ出してアイドルのプロデューサーだぁ、そんなことできるはずないだろうが。そんなことも察することができないから兄貴はド底辺の負け組クズのまんまなんだよ。
「そんな話はありがたいけど、俺は嫁と娘がいるからな、今の仕事はやめられないぞ。アドバイスくらいはするけどな」
「そっか、残念だよ、グフフ」
そういって、兄貴はやたらと趣味の悪い指輪をいじる。人と話すときは顔見て話せよ。そう私が口にしようとした時、指輪が光ったような気がした。
[塩豚太]
やれやれ、征夫はやはり断ってきたか。まぁ、ここまでは計算通りだ。俺はドクター・ゲスオの最新作の催眠導入リングのスイッチを入れる。バーテンダーの女はすでに洗脳済みだ。
その場で意識をなくした征夫の耳の穴にスポイトを突っ込んで洗脳用ナノマシンを注入する。ドクター・ゲスオの洗脳アイテムは最近検体の増加にともなってどんどん使いやすくなっている。
「おい、征夫。俺のことどう思ってる?」
ふと気になって聞く。
「出来損ないのゴミカス兄貴。血がつながってるのも汚らわしい」
淡々と答える征夫。それでこそだ。もしこれでまともな言葉が返ってきたら計画台無しだし、これでこそおもいっきり復讐できるってもんだよ。
「玲子、そいつのグラスにションベンしろ」
バーテンダーの格好をした野島玲子がバーの上に上がってがに股になる。意識のない征夫の前で俺の指示通りノーパンパイパンマンコが露わにされる。そしてそのマヌケな格好のまま彼女は指でマンコを割り開くと尿道口の位置を調整し、征夫のモヒートのグラスにジョボボボっとションベンを注いでいく。
ちなみに玲子にはたっぷりションベンが出るように今日はこまめに水分補給させてある。グラスからあふれた尿がバーの上に広がってやっと玲子の尿が終わる。バーの上を拭く玲子を無視して俺は征夫に問いかける。
「なんで拒否したんだ、征夫」
「娘が高校に上がったし、お金がいるから。リスクはおかせない」
至って普通の答えが返ってきた。つまらない。まぁ、面白く書き換えてやる。
「いいかい、征夫。お前は好きなアイドルグループのプロデューサーになれるんだよ。そしたら多分、アイドルとももっと触れ合える。隠れてライブハウスに行く必要もないし、もしかしたらアイドルとヤレるかもしれない。こんなちゃんすめったにないんだよ」
「でも、娘が…」
まったく家族思いすぎる弟だね。
「いいかい、征夫はアイドルが好きなんだろ。大好きなんだろ?今までどおり仕事やるふりをしながらアイドルのプロデューサーをやればいい。頑張れば給料だってかわらないし。
ほら、征夫、やる気出てきたろ」
俺がまくし立てる。今頃征夫の脳内でナノマシンが必死に書き換えを実行しているのだろう。
数分して兄貴が頷く。
「わかった、なんだかプロデューサーがやりたくなってきた」
よし、大丈夫だな。これで征夫は今後どうにでも書き換え可能だ。夢が膨らむねぇ、ウヒッ。
[岩亀征夫]
仕事終わりで疲れていたせいかなんだかウトウトしていたようだった。まぁ、それはいい。問題はクソ兄貴がアイドルのプロデューサーになれるだなどと胡散臭い話を持ち込んできたことだ。しかも地下アイドルの中から好きなグループを買収するとか胡散臭すぎる。
まぁ、どうせ不可能なことだ多少話くらいは聞いてやってもいい。どうせどこかで詰まって音を上げるはずなのだから。クソ兄貴と違って俺はチャンスは逃さない男だからな。会社の有給が余っているから時間が必要ならそこを崩して行けば大丈夫だろう。まぁ、不可能だがな。万が一、本当にプロデューサーになれるんだったらそんなチャンスは見逃せないからな。
「兄さん、私は試して見ようと思う。私の押しアイドルは『ふるーつじゅーす』といって2人組のユニットなんだが、知っているか?ポテンシャルは十分にあると思うのだが、マーケティングが下手でな、私のほうがうまくできると思う」
「しらないなぁ、でも買収する準備してみるよ。可能だったら、事務所ごと買ってしまいたいね。フヒッ。来週の今日までには準備するから、時間空けておいてね」
『フルーツジュース』は大きくはないが中堅の事務所に所属している。バカ兄貴の名前も言えないような危ない企業に買えるものじゃないぞ。まぁ、アホ兄貴の狼狽する顔を見るために有給申請しておくか。そして俺はモヒートに口をつける。なんだこれ、変な味と思いながら顔色を変えずにゆっくりと飲む。
そして一週間が過ぎた。私はいつもどおり出勤するふりをして街の中心部に最近建った真新しい高層ビルに向かう。ビルの入口では兄貴が脂ぎったキモい顔をたぎらせながら待っていた。うわぁ、朝からこんな顔見たくねーよ、そう思いながら私は兄貴についてビルの5階に向かう。
「『ふるーつじゅーす』の二人、キミ達の新しいプロデューサーの岩亀征夫だよぉ」
兄貴が妙に明るい犯罪者じみたキモ声で扉を開けるとそこには確かにふるーつじゅーすの二人がいた。兄貴マジでどんな犯罪をしたらできるんだ?サムズ・アップしているドヤ顔にクソ兄貴に疑い深い視線を送っておく。
「あ、あの新しいプロデューサーさん、私がこのグループのリーダーをやってる凪沙みかんっていいまーす。一生懸命頑張るのでよろしくお願いしまーす!」
元気よくみかんちゃんが挨拶してくれる。フード付きのトレーナーにジーンズというラフな格好だ。体系的にも雰囲気もどこにでもいそうな明るく元気のいい女の子だ。性格を反映したベリーショートのスポーティーな茶髪がよく似合っている。
「アタシは赤川いちごって言うの。アンタがどれくらい使えるのかわからないけど、よろしくね」
そういってわざとらしく髪をかき上げていたずらっぽくほほ笑む幼気な少女だ。大人を小馬鹿にしたような強気な口調が一部にかなり受けているようだ。後ろで二つにしたツインテールが子供っぽさを引き出していてしましまのTシャツにオーバーオールというファッションセンスもそれを強調している。私に言わせれば彼女は自分の売り方をユニットの中で理解しているのだ。
「ああ、こちらこそよろしく頼む。私の名前は岩亀征夫、縁あってキミ達のプロデューサーになることができたが、元々は一介のファンだよ」
そう言って二人を眺める。ビジュアルもキャラクターもきちんと立っていて申し分ない。それほどファンとの距離ができてしまうような芸能人らしい雰囲気があるわけでもない。そういう意味ではポテンシャルは大きい。ただ、彼女たちに足りないのはきちんとしたダンスと歌唱能力だ。前の事務所ではポテンシャルが過小評価されていたらしく、その二つは二流の訓練しか受けていなかったみたいだ。
けれども、この新しい環境で一流のレッスンを受ければ時期彼女たちは地下アイドルから本物のアイドルとしてメジャーデビューできるだろう。そう私の方針を二人とキモ兄貴に話す。即座に兄貴がお金は気にしなくていいとゴーサインをだして、残り二人も頷いている。 数日以内に全て整えて再出発できそうだということで話がまとまった。
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