インテロゲーターが惑星フェルミエールに着陸して二日目の早朝。ブリーフィングルームにすでに捜査官達は集まっていた。それぞれの席には医務捜査官リー=アプリコットが用意した栄養に配慮した食事が用意されている。現地の惑星で毒物混入の危険を避けるためにあらかじめ捜査開始前に積み込まれた保存食が中心であるため味気ないがリーが工夫して皆が飽きないように調理されている。今日は缶詰入りのパンに、混合スクランブルエッグ、合成ベーコンにドライフルーツを水で戻してミキサーしたスムージーだ。
いつもどおり、エリ姉が口火を切る。
「すでに二日目だ。昨日の報告はそれぞれのデバイスですでにシェアしているだろうが、今一度それぞれの口から確認し、今日のスケジュールを確認しよう。
まず私だが、昨日のうちに星川学園の体育教師として赴任し、学園内におけるキーパーソンとすでに関係を構築しつつある。今日は体育の授業を通じて生徒たちの動向をプロファイルすることと注意すべき人物をリストアップする予定だ」
冷たくも覇気のあるエリ姉の声にボクは眠気を振り払われながら、ベーコンをパンに乗せてかじる。毎回まだ眠いのにエリ姉の指示で捜査報告が2番めなのは勘弁して欲しい。
「えっと、ボクのほうもほとんどエリ姉と同じだよ。昨日すでに生徒会長とか生徒自治会の主なメンバーと自然な感じで顔合わせを済ませてあるから今日はより詳細な情報を抑えて当たりをつけたいな。でもそのためには星川学園の生徒の誰が感染者かわからないとね」
特に重要事項もないし、詳細な報告書はすでに提出済みだから口頭での報告はさっさと終わらせて朝食を終わらせないと。ボクの報告と入れ替わりにリーさんが立ち上がる。それこそボクの調査にたりない情報は彼女が握ってるはず。
「みなさん、おはようございます。わたしの方は…んんっ…昨日フェルミエールシティ病院で星川学園の生徒さんたちの健康診断情報を見せていただきましたわ。はぁんっ、残念ながらぁ、データが改竄されている可能性が高いですわ」
なんだかイツキんの調子がいつもと違う。熱っぽいと言うか、フラフラして顔が赤い。なんだか落ち着かなげに腰が揺れてる。
「今日はぁ、星川学園の学園サーバーにある健康診断データと付き合わせるのとぉ…んふぅ…他の3つの病院とフェルミエール感染症研究所に調査に行きますわぁ。
そんなことよりぃ、今日のスムージいかがですかぁ?わたしの力作なんですよぉ」
話が脱線しそうになったイツキんをエリ姉が注意する。
「大丈夫か?リー医務捜査官。体調がすぐれないようだ。無理に結果を出す必要はない。着実に進めるために健康管理も仕事のうちだぞ」
ボクは存在を忘れそうになっていたスムージーに口をつける。ドライフルーツを水で戻してミキサーしてスムージー化したのはリー先生の朝食の定番だけど水っぽくてボクはあんまり好きじゃない。
しかも今日はなんとなく変に生臭くて酸味がある。ドライフルーツの一部が傷んでいたのかもしれない。まずいけどとりあえず一気に飲み込む。他のメンバーはもう全部飲んでるし…。
「僕の方は今回出てきた健康診断データの改竄がどのあたりで行われたのかをネットワーク上の履歴を確認しながらチェックしてみるよ」
ベリ兄がチーム内のトラブルは任せてと言いたげにエリ姉に目配せしながらそう報告する。やっぱエリ姉とベリ兄は良いカップルだ。なんだか男女の性的役割は逆っぽいけど、ここはフェルミエールだし、いい感じ。
「では惑星フェルミエール人造寄生生物捜査二日目を開始する!」
その日の昼休み、イツキは生徒会室でランチを取っていた。来たばかりで何もわからないことやあまりいない惑星間の転校生だということを利用して早速生徒会のメンバーに近づいて情報収集をしているのだ。
「イツキさんはクラブ活動とかしてらしたのかしら?」
シルバーブロンドの銀髪が人間離れした美しさを醸し出している少女が言う。制服を一部の隙もなく校則道理に着こなして、まるで制服のモデルのように見える彼女はユリシア、この星川学園の生徒会長だ。
「剣道部にいたけど、こっちでは生徒会に入りたいなって思ってるけど」
気安い感じで答える。こういうのは気さくに話しかけたほうが打ち解けやすくて、結果的に欲しい情報が得られるから。ほら、すぐに隣りに座っていた風紀委員長が話に参加してくれる。
「ウチの生徒会は理事会の推薦がないと入れないわよ。それに生徒会に入ってもクラブ活動には絶対参加しなくちゃいけないのよ」
そういった眼鏡の少しきつめの少女は風紀委員長のテッカだ。生徒会長のアリアと同じく完璧に校則通りの完璧な制服の着こなしだ。
「会長はテニスクラブに、私は無重力マーシャルアーツクラブに入ってるわ」
「じゃぁ、ボクも無重力マーシャルアーツやってみようかな。でもテッカが格闘関係のクラブに入ってるなんて意外だな」
そうボクがいうと、こっちを真っ直ぐに見つめてテッカがいった。
「私は警察に入りたいの。子供の時に私に痴漢してきた大人を蹴って以来、女子として身を守るだけじゃなくて人のことも助けたいの」
「ああ、それで無重力マーシャルアーツなんだね」
そう返しながらランチを口に運ぶ。無重力マーシャルアーツは銀河中で普及した護身術だ。ボクも多少訓練は受けてる。
「そういえば、今日ってパーティーの日でしたかしら。ドレスを忘れてしまったかもしれませんわ」
優雅な所作でパスタを口に運びながらユリシア会長が不安そうに言う。
「会長、パーティーは明日です。今週は特別授業もありませんし、今日は完全下校日なので放課後の活動はありません」
「パーティー?」
ボクはなにか意味ありげな単語を聞き返す。
「他の星にはないのですわね。ふふ、高貴な殿方といっしょにおしゃべりしたり踊ったりするのですわ。とても楽しいの」
「一種の社交界よ」
そうユリシアとテッカが食い気味で答える。ふたりともなんとなく目がとろんとして嬉しそうだ。違和感はあるけど、この学園がフェルミエールの名門校ということを考えれば不思議はないのかも。
「ボクもいっていいのかな?」
「もちろんですわ。ぜひいらっしゃいませ。イツキさんはかっこいいのできっと人気者になれますわ」
「そうね。でも高貴な男の人達には逆らっちゃだめよ。ちゃんとレディーとして振る舞うの。本来なら特別授業できちんとレディーの振る舞いを教育するのですけど、イツキさんは特別授業をまだ一回も受けてないのですから」
『特別授業』『パーティー』『男の人には逆らっちゃだめ』なんか引っかかるキーワードな気がする。でも何より引っかかるのは『パーティー』も『特別授業』も事前に送られてきた星川学園の資料にはなかったことだ。わざわざドレスまで用意するということはそれなりに大掛かりな授業だし、今週とか来週ということは定期的に開かれているのだろうことも想像できる。インテロゲーターに戻ったらチェックしてみないと。それに何より星川学園の資料では完全下校日とかクラブ活動の強制参加なども書いていなかった。銀河警察への資料だから詳細まで書いててもおかしくないのに。
それから数時間後イツキはラボに予定より早く帰ってきて、なんとなくミーティングルームを見渡した。完全下校とかで学校から半ば強制的に下校させられたのだ。きちっと整理された机とチリ一つない清潔な空間。当然だ。卑劣な宇宙犯罪者たちにつけ入る隙間を与えないためにはキチンとしておくことが大切だから。
そんな見慣れたきれいなインテロゲーター内のエリ姉の机に目が止まる。机の上に置かれたホログラム再生装置が指名手配犯の胸像を空中に投影してる。それはガニマタハルとかいう宇宙犯罪者のものだった。何度も見たことがある。確かエリ姉がすんでのところで取り逃がしたマッドサイエンティストだとか。そして今回の事件の犯人の可能性もあるとされている。
ちょっと見たぐらいではあんまり頭が良さそうな風に感じられない。少女捜査官は気になって近づいてまじまじと見る。禿げかかった頭。二重顎になるほど太っている。ぜったいだらしないヤツだ。ゆっくりとそれを見ていると、一瞬目が合った。
ドキンっと胸に衝撃を受けた気がした。なんか思いっきり殴られたみたいな。
ただの犯罪者のヴァーチャルリアリティなのになんとなく気になってしまう。なんか目を離せない。離したくない気がする。
でも、ボクはこれからレポートを書かないと。無理やり視線を外してもやもやした気持ちを抑えながらボクは自室に戻る。ここでレポートを書くことも多分できるけど、なんとなくもやもやした雰囲気を変えたかったから…。
部屋の中でモバイルコンピューターをベッドの上において寝転がってレポートを書く。仕事に集中しなきゃいけないのにどうしてもさっきの犯罪者のことが頭をよぎる。
あああっこれじゃあ集中できないよ。なんだって言うんだぁ~。自室のベッドの上でバタバタあがいてなんとか気分を変えようと試す。
でも、できない。なんかもやもやして変な気持ちだ。
少女は枕にそのボーイッシュな顔を埋めながら端末を開いた。
ああ、もうそんなに気になるなら調べる!そう思って書き途中のレポートを保存して銀河警察の指名手配犯のデータベースにアクセスする。
すぐにヒットする。銀河全体に危険な影響を及ぼす可能性が高い犯罪者リストのトップ20に入ってる。
「ガニマタハル=イラマセール。最重要指名手配犯。10件の全銀河遺伝子保全法違反、5件の生態系保護法違反、人体実験禁止条約違反、人身売買禁止法および15の惑星から合計200件の性犯罪で指名手配済み…」
声に出して読む。気分が悪くなるような犯罪の数々。なかなかここまでヤバいヤツはおおくない。エリ姉が血道を上げるだけある。
「すごい…」
いつの間にかボクはそうつぶやいていた。こんなに犯罪を犯し続けられるのは確かにスゴイっちゃスゴイけど、なんでつぶやいちゃったんだろうか。
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