柒日目午後 三ヶ森学園プール 鋳鞘岸斗

 授業中、俺のスマホが震えた。心が震えた。先輩が俺を呼んでいる。屋上のプール、魔が現れたらしい。校内の関係者全員に連絡が行く。即座に俺は手を上げた。

「すみません、トイレに行ってきます」

 廊下に出て全力疾走。先輩の、三ヶ森先輩のところまで俺にできるすべての筋肉を動かして駆けていく。妖魔のことなど考えていなかった。危険な戦いだとわかってはいても先輩のことを考えれば全力で疾走せずにはいられない。あの凛々しくも飄々として俺を救ってくれた先輩を助けられるなら俺は筋肉の悲鳴も聞こえなかった。

屋上のプールの扉をあける。女子たちのキャーキャー言う悲鳴が聞こえる。眼に入るのはちぎれ舞うスクール水着、彼女たちに吸い付く唇のような形をしたなまこのようなエゲツない形の妖魔の群れ。人の感性に合致しないぎゅっぷぎゅっぷと笑い声とも息遣いとも取れない妙な声を出しながら少女たちを追い詰めている。どこからともなく現れたらしいそれらは先輩の女子たちの肌に吸い付きその肌に跡をつける。キスの跡そっくりの気持ち悪い痕跡だ。ソイツらが水着を溶かし、彼女たちの肌をあらわに露出させる。昼前の柔らかい陽の光の下で肌を晒す少女達。

「嫌!」「気持ち悪いよ!」「キモ!」「うぇ~」

 逃げ惑って叫ぶ声にあっけにとられていた俺は次の瞬間我に返って近くの女子の肌に取り付いたそれを引き剥がしにかかる。ぬるっとした不快な手触りが皮膚に残る。引き剥がすとうねうねとした舌が物欲しげにうごめいて次の獲物を狙おうとする。生理的嫌悪を感じながら退魔礼装をうけた俺の木刀で潰す。ピギィャっとやはり耳ざわりの最低な気持ち悪い声を上げて消滅する妖魔。

 一生懸命その少女に取り付いた数匹の妖魔に対処した。顔をあげると周りには魔祓い巫女の女子たちが居た。弓道部の部員たちだ。はじめに警報を発したらしいスクール水着の疾風競がまるで踊るような軽い身のこなしで彼女の武器のナイフを使って風のようにどんどん妖魔を引き剥がしていく。そして三ヶ森先輩の声が聞こえる。「魍魎退散符!三式!四散!」

 彼女の札が妖魔を溶かしていく。そして一ヶ森月影先生。普段クールで汚れ仕事などしないように見える先生が脇目もふらずに少女たちに取り付いた妖魔を引き剥がしていく。俺は思わず見とれそうになって、慌てて次の少女の救出に取り掛かる。

「ふはぁぁ…」

 艶めかしい声を響かせながらプールサイドで悶える少女。俺は必死で俺の中の男を抑えながら助けようとする。なんせ周りには半裸の女子たちだ。思春期男子として気を抜くとすぐに意識してしまう。だけど、もし意識していることが日陰先輩にバレたら。恥ずかしくて俺はもう二度と弓道部の敷居を踏めないだろう。

「やぁ…ぬるぬるするぅ~…」

 眉根を八の字に歪めながら顔を赤らめる少女の首筋から唇状の気持ち悪いなまこ状の妖魔を引き剥がす。あっ…あ…はぁ…と吐息が漏れる。だが、その余韻が続く間もなくすぐ近くで競の声がした。

「あ、コラ!ダメっ」

 プールの中に居たらしい大量の妖魔たちが固まって巨大な柱を形成し、その何百とある唇からよだれを垂らしながら競に倒れかかっていた。短刀では対処できない巨大な妖魔の柱、軽やかな競の陸上部のステップをもってさえ逃げ切れないほどたくさんの数百の舌が伸びていく。再び俺の体が考えるより早く動く。手元にあるのは退魔礼装を施された木刀。一閃、俺が触手の柱に向かって木刀をはらう。その瞬間、反対側からまばゆい白い光と声が聞こえる。

「巫術三式!殺水雪符」

俺が切り裂いた妖魔の柱、それを構成する妖魔たちがバラけて拡散しないように凍らされていた。息を合わせたわけではなかったのに、自然とタイミングが合った。そして凍りついて半分に割られた妖魔の柱を俺たち四人が粉々に打ち砕く。一辺たりとも妖魔は残せない。この世の理の外の存在だから。

ほんの一瞬のことだったが俺たち四人が協力してあっという間に妖魔を処理できた。俺が一息つこうとすると一ヶ森月影先生から叱咤が飛ぶ。

「おい、何をぼっとしている、鋳鞘!手伝え」

他の三人がプールサイドで震えている体育の授業中だったらしい少女たちの額に札を当てている。ぼおっと輝く護符。

「それは?」

反射的にきいてしまう。

「にゃはは、忘却符だよ、いざやん」

 いつもの気の抜けた先輩の声だ。戦いのときは終わったらしい。俺は形で生きをしながらホッとする。

「妖魔の存在はあまりにもみんなには過酷すぎるからね~。忘れちゃったほうがちゃんとした生活できるんだ」

 そう軽く言う先輩、だがそれって…思わずつぶやく。

「でもそんなことしたら誰も先輩の活躍を覚えていられませんよ!」

「にゃはは~、ま、覚えていてもらうために魔祓い巫女やってるわけじゃないしね」

 そういった先輩の声はすこし寂しそうに感じた。当然だ。

「ダメです!じゃぁ、せめて俺が覚えています!先輩の戦う姿、先輩の勇姿、始めてあったときから俺の目に焼き付いています!忘れさせようとしても忘れないですよ!」

 思わずそう叫んでいた。嘘はない。最初に先輩に救われたその瞬間から、俺は先輩の戦う姿を忘れられないでいる。その神々しいほどに力強い姿に憧れて柄にもなく女子弓道部の扉を叩くほどに…。
 すべての作業が終わって肩で息をする俺に競先輩が声をかけてくれる。

「さっきは危ないところだったよ。サンキューな!」

そう心地良ほどにさっぱりとした声でいったショートカットでボーイッシュな先輩のスク水もやはり妖魔に溶かされていて小ぶりな胸が眩しく見えてドキッとしてしまう。いわゆるラッキースケベってやつだろうか。プールサイドに横たわる競先輩のクラスメートの女子たちさえも眼中に入らないほどに瑞々しく先輩の体が目に焼き付く。そこまで無意識に意識してしまい慌てて首を振って邪な気持ちを追い出す。俺は三ヶ森先輩のために戦っているんだ!

コメント

  1. 名無し より:

    今回のシリーズも完成そして商品化が待ち遠しいですね
    先生の小説やCG作品は毎回買わせていただいているのでとても楽しみです

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