5月14日
[佐藤圭吾]
最近カオリがどこかおかしい。どうも常にそわそわして、自習室でトイレに行く回数が妙に増えた気がする。
「体調悪いのか?」
と聞いても、
「ちょっと寝不足なだけだから。大丈夫だよ」
といってほほ笑んでくれるだけだ。頻繁だったメールのやり取りも少し減って、なんだかイライラしたような簡素なメールが増えた。確かに体調が悪そうで、顔色の悪い日が多い気がする。
今日、俺の部屋で勉強しているカオリに向かって言う。
「本当に大丈夫?最近なんかカオリ、おかしいぞ」
「あ、うんん。心配かけてごめんね。でも、ホント大丈夫だから。ちょっと疲れて頭痛がしているだけだから」
「でも、最近すごくケアレスミスが増えてるし、集中できてないじゃん。何とかしなきゃ、病院行った?」
「ごめんなさい。こんな私と一緒に勉強してても効率悪いよね。
病院はいそがしくて行けてないけど、ほんと一時的なものだから大丈夫なの」
そう、青ざめたカオリが言う。そんなことが言いたくて投げかけた言葉じゃないのに。彼女を少しでも助けたくて自然と声が荒くなってしまう。
「そんなの信じられないぞ!いまだって顔色悪いじゃないか」
「そう、かしら?」
「ああ」
どうも青ざめたようで尋常ではない量の汗をかいているようにも見える。
「そっか、体調管理で来てないなんてダメだよね。でも、どうしてもケイと勉強したかったんだ」
そう、俺の名前を呼んでくれるカオリ。学校にいる時と違って柔らかい口調の彼女にとげとげしさはない。それでも、俺は彼女が心配だったから声をかけてしまう。
「つらいんだったら、俺のベッドで寝るか?」
「ううん、いい。ごめん。私帰って休むよ。
あ、そうだ。このストラップをプレゼントするわ。ほら、ずっとデートって言っても自習とかばっかりだし、たまにはカップルらしいことをしないとね。私とお揃いよ」
そういってカオリはオレに赤色の石が付いたストラップを待たして、自分の携帯に同じものが付いているのをみせる。確かに彼女と付き合い始めてから、沢山オレとカオリは同じ時間をすでに過ごしたけど、よく考えてみればほとんど二人で買い物に行ったりしたことはなかった。もちろん、彼女がそういうことにほかの女子ほど関心がないのもあるんだろうけど、俺も気づくべきだったと反省する。次の週末とかに誘ってみようかな。
5月15日
[三倉圭織]
ほとんど使われない体育館裏の女子トイレの個室。くぐもったような荒い息が聞こえてくる。
「んんん…はぁ、はぁ、はぁっ…」
カオリがひそかに自らの性器を触っていた。
けれども、どんなにこすり上げても達することができない。体は熱いほどにほてって四六時中高ぶっているのに、絶頂の甘い快楽はやってこず、しかもそのせいでどんどん高ぶっていくばかりだった。
このひと月ずっとだ。もともと自慰は私にとってのちょっとしたストレス発散だった。ほかの女子と比べれば少し回数が多いのは確かだったが、勉強に集中した分仕方ないと割り切っていたし、彼氏ができて浮かれていたせいもあるかもしれない。
けれど、ラブホテルで精液まみれで目を覚ましたあの日以来、なぜか私は達せなくなってい待った。あの日何があったのかはほとんど記憶にない。ただ漠然と快感の記憶だけが焼き付いている。
一方であの日吸わされた麻薬の禁断症状だろうか?あれ以来、頻繁に頭痛がする。そしてこのひと月がとても色あせて感じる様になってしまった。せっかくケイ君と一緒にいるのに何か物足りなく感じてしまっている自分がいるし、頭痛を抑えながら彼の隣で勉強しているととても申し訳ない気分になってしまう。
そういう状況だから、ますますストレスが溜まってオナニーしたくなる。それなのに絶頂できなくてますますモヤモヤが強くなってしまう。
すこしでも状況を変えたくて、そして集中できていないのに彼の隣で勉強するふりをしている自分の罪悪感を隠したくて彼にプレゼントを贈ったけれど、むしろ彼の『ありがとう』が私の心に深く刺さってしまっただけだった。
昼休み終了のチャイムが鳴る。私はあわてて服装を整えて飛び出す。以前ならこんなことありえなかった。最近授業時間に少し遅刻したり、ぎりぎりのことが増えている。ケイ君は心配してくれているし、先生方も声をかけてくださる。ただただ、それが申し訳なくて、そして期待に応えられない自分に嫌気がさしていた。
お昼休み、廊下の方であの『匂い』がする。甘ったるいような苦いような複雑な香り。それが私を誘惑する。あの香りの発信元はわかっているし、心のどこかであの『匂い』の正体も知っている。あの日、吸わされた麻薬だ。そしてその『匂い』を振りまいているのは当然あの憎い男だ。ただの匂いなのに、私の心がざわつき、渇望感が湧き上がってくる。
頭痛から解放されること。あの日以来色あせてしまった日常が再び色を取り戻し、ケイ君との日常が楽しく感じられること。そんな私の望みをかなえてくれる気がして、あの『匂い』を嗅ぐだけで少しだけましな気分になってしまう。これももう一月だ。
あの日以来、あの男はさぼることが減って、わざと見せつける様に私の前に現れるようになった。けれども私は以前のようには強く出られない。あの男の前に出て、あの『匂い』に包まれたら麻薬への渇望感に負けてしまいそうだと怖かったから。
けれど、今日はどうにも耐え難かった。二時間ほど前にオナニーしようとして絶頂できなかった私の体が熱くほてっている。余熱がまだ残っている気すらする。この二時間、ほとんど授業は頭に入らなかった。ケイ君が心配してメールをうってくれたのに、返信すらできなかった。ただ、ただ、自分の机にうずくまっているだけ。
何とかしなければいけない。そう強く思った。壊れてしまった日常に対する悲しみが胸に渦巻いていた。たった一瞬でも過去の日常に戻れるのなら、どんな代償でも払っていいと思ってしまっていた。
私は無意識に席を立ちあがっていた。
そして岸和田翔平の席にいく。
「あんた、今日も制服着崩しているわね。校則違反よ、校則違反。直してあげるから、廊下に出なさいよ」
そう声をかける。ほかに言い方が思いつかなかったから。廊下に出るとそのまま人気のない階段踊り場に連れていく。
「おい、おい、委員長。どこに連れて行くってんだ」
「うるさい、誰もいない場所よ」
誰もいない、階段踊り場、そこで見た岸和田君はとても大きく見えた。そして強引に私を壁際に追い詰めて触れるほど近くに顔がくる。しかも私よりも高い位置から、まるで私のことを見下しているようにだ。不快に思う。
「なぁ、あの『タバコ』吸いたいんだろ?委員長?ずっとこのひと月つらそうにしてたもんな。お勉強できてんのか?彼氏との関係は?オレなら力になれるぜ?あぁん?」
すべてを見透かしたように岸和田君が私を追い詰める。まさにその点なのだが、認めるのもつらい。ただ、あの匂いをまとった不良少年にこうして接近されるとますます私の中で渇望感が強まり、それとともになんだかふらふらで考えられなくなっている気すらする。
「言い返さねーってことは、そうなんだな。
じゃっ、これからオレの部屋に来いよ。そしたら、吸わせてやる」
何か要求されるとは思っていた。うすうすこうなるんじゃないかとも思っていた。それでも金銭で済ませられないかと期待していたのだが。
「お金払うわ。だからその、そういうことは嫌なのよ」
しかし、あっけなく私の言葉は否定される。
「ばかか、お前の払える金額じゃねーぜ、特注品なんだぜ」
「じゃぁ、せめて学校終わるまで待ってよ」
「お前、なんか勘違いしてねーか?お前のほしいものを持っているのはこの世界でオレだけなんだぜ、そんな態度とっていいのか?あぁん?」
そういわれると、私には言葉がない。
「ほら、早退してこい。校門前でまってっからな」
そう一方的に命令して岸和田君は去っていった。私はその足で保健室に行き、早退したい旨を養護教諭に申告してしまった。仮病で学校の授業を休んだのはこれが初めてだった。
例の外車にのせられて行った岸和田君の家はいかにもやくざという感じの純日本家屋の豪邸だった。岸和田君の部屋は私の部屋の倍はありそうな部屋で、畳の上に大きなダブルベッドが置かれていて、その上に岸和田君が座っていて。私は彼に向き合うように座布団の上に座らされる。必然的に彼の方が目線が高くなり、不良から見下ろされていることに私は
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