陸日目 昼 特訓 三ヶ森家 鋳鞘岸斗

 土曜日、三ヶ森先生の家に弓道部の魔祓い巫女の部員たちとともに招集された俺は圧倒されていた。いわゆる豪邸と言っていいのではないかと思える大きな日本風建築、瓦葺きの門を抜けると手入れの行き届いた日本庭園が見えてくる。俺は控えめに言って圧倒されていた。

「すごいよね、三ヶ森先輩の家!」

 ほとんど同じタイミングできた疾風競が俺の気持ちを代弁する。

「多分、鋳鞘クン知らなかっただろうけど月影先生の家ってこのまちで三番目に古い旧家なんだって」

「あっ、だから三ヶ森市で三ヶ森先輩…」

「そうそう!すごいよね」

 疾風先輩がまるで自分のことのように嬉しそうにそういう。

「いざやんにきそうっち!今日はきてくれてありがとーね。こっちについてきてくれるかな?」

 そうこの一週間で聞き慣れた一ヶ森先輩が離れらしき建物の中から手をふって呼んでいる。俺と疾風先輩はそっちにむかってまるで飼い主に呼ばれた子犬みたいに駆けていく。

 離れの入り口には鳥居らしきものがあり、中は大きな神社の社殿といった雰囲気だった。板張りの空間の奥にすだれがかかった祭壇らしきものがある。あたりの壁は部室の弓道準備室と同じく妖魔関連の地図や御札などがはられている。そしてすでに一ヶ森月影先生と見たことのない年上の男がすでに座っていた。その人は三ヶ森先生よりやや背が低くて、優しそうな顔立ちだった。

「きたな。鋳鞘が今後本格的に協力するようならもっと妖魔のことを詳しく知って今後の計画を立てようと思ってな。こいつは一ヶ森清志、私の旦那だ」

 こともなげに冷たいことで知られる三ヶ森学園の理事長はそういいはなった。優しそうな小柄な男性はあまりにも月影先生の雰囲気とはかけ離れている。

「にゃははー。そういうわけで土曜日だけどウチに来てもらったんだ。ごめんね」

 相変わらず厳しい月影先生に気の抜けた日影先輩。そのよこでふっと優しそうに頭を下げる月影先生の旦那さん。

「妖魔ってのは早い話が常世の外、異界からくる生物なんだけどね、常世に彼らが現れるのは人間の欲望に引き寄せられてるからなんだ。あっ、人間なら誰でも欲望なんてもってるから鋳鞘のまえにも現れたってわけ」

「とはいえ、基本的に異界の通り道が開く近くには人間の集落はできない。集合知というやつだな。危険な場所は本能的な危険を感じるんだ。一人二人だとそこまで違和感のない場所も何百人という数の人間になればなんとなく嫌な感じがして近づかない。だからそういう異界とつながりやすい場所は古来禁足地や女人禁制の修験地として遠ざけられてきたのだ」

 完全にファンタジーな内容だ。それなのに厳しいことで知られる月影先生が真剣な顔でいうと真実味を感じてしまう。俺たちの日常のすぐ隣に異界なんて非現実の存在があったなんて。

「にゃははは、でもこのあたりはちょっと特殊なんだ。もともとここには異界の入り口ができやすくて、だからウチら三ヶ森家の魔祓い巫女が守ってきたんだ。だけど問題は三ヶ森家が頑張りすぎちゃったことなんだよ」

「どういうことですか?魔祓い巫女が頑張るのはいいことなんじゃ…」

「そこだよ。ウチら三ヶ森の魔祓い術を学ぼうと日本中からいろんな人達がきて、本来だったらありえないことに異界の門がよく出現してしまうこの地に集落ができてしまったんだ」

 相変わらず緊張感のない三ヶ森先輩。そしてそれと対象的に張り詰めた一ヶ森先生がひきつぐ。

「それでも江戸時代頃まではある種の宗教都市として扱われていたからまだ良かった。一般人の立ち入りは制限され、誰もが妖魔を畏れていた。だが維新この方科学の世になり妖魔の存在が無視され始めると三ヶ森はただの地方都市となり今ではこの街の成り立ちすら知らない一般人ばかりだ。だが、我々魔祓い巫女はそんな事を言っても務まらん。魔を滅し人の世を守るのが我らが努め、戦うのが我らが宿命だな」

 そう月影先生の声が板張りの離れに冷たく響く。これ以上聞くと戻れないぞと脅すような声だ。

「格好いいですね」

 俺はその声に負けないように静かに言い放った。

「誰も理解してくれなくとも戦い続け、この世界を守り続けてるってことじゃないですか。そんなことを聞かされてもう一度忘れて平和な世界に戻るなんて俺にはできません」

「にゃははは~嬉しいことを言ってくれるねぇ~、いざやん。まぁ、でもウチラも別に孤独ってわけじゃないしね。多くの魔祓い巫女の家系がここに移住して一緒に戦ってくれてる。そのうちの一番有力なのが一ヶ森家だよ」

「もう千年も前から我が一ヶ森家は三ヶ森家を助けている。そのために氏を変え、この地を治めてきたのだ。本家三ヶ森の当主が成人するまで、その役目を代行するのが我ら魔祓い巫女の控たる一ヶ森家なのだ」

「そーいうわけで、このお屋敷も普段はウチすんでないんだよね。成人にならないと本家に住めなくってさ。今はしがない寮生活だよ」

 気が抜けて歴史の重みを感じさせない三ヶ森先輩の言葉を引き継いて一ヶ森先生が重々しく言う。そして畳み掛ける三ヶ森先輩そして黙っていた闊達な声が嬉しそうに言う。

「それにボクの疾風家、臣河家、他にもたくさんいるんだよ。それに鋳鞘家も…」

ナニかいいかけた疾風の言葉をピシャリと月影先生が遮る。

「おい、それより鋳鞘、お前のために今日はすこし練習を用意した。大物だぞ」

 そういって先生が有無を言わせずついてこいとでも言うように立ち上がった。俺としても少しでも敵を知って先輩たちを助けたかった。その一ヶ森家の屋敷の奥座敷の奥に、まるで秘密の入り口のように地下への階段があった。

 月影先生の衝撃の真実、優しそうな旦那さんが鍵を開ける。そして自分は魔と戦う能力がないのでと俺達に先に入るように促す。

俺が中坊だったら間違いなく肝試しをしてしまうような禍々しい気配が地上まで漏れ出している。

「大丈夫だよぉ~、いざやん!ここは三ヶ森が妖魔を研究するために作った妖魔蔵への入り口なんだ。だからこの下にいる妖魔は全部閉じ込められているからね、心配無用だよ!」

 とそう俺の不安を察してフォローしてくれた日影姉さんの言葉を打ち消すかのように月影先生が言った。

「それぞれ獲物はもったか?油断するな!」

 そして俺たちは吸い込まれるように暗い暗い地下への階段を降り始めた。地下からはギャッギャッっとおぞましい人のものとも動物のものともわからない奇妙な叫び声が聞こえてくる。

 それはグロテスクでおぞましい存在だった。ゴワゴワとした黒い毛と奇妙にどぎつい赤い肌。耳障りな叫び声をギュエギュエッと上げて、俺たち、特に魔祓い巫女の三人を凝視してくる。叫びながらもソイツらが発情していることは明らかだった。まるで見せつけるようにそそり立った体には不釣り合いなほど大きな緑色に腫れ上がった性器を大きく振りかざしているからだ。

「こいつらはな、妖魔にとりつかれた猿だ。一般に子鬼と呼ばれている。メスと見ればどんな生物だろうが発情して襲ってくる見境のない連中だ。鋳鞘にはこれからコイツラを処理してもらう。力は強くないがすばしっこいぞ。だが、人型の敵に刃を振るうことに慣れなければな」

 容赦なく、それこそ俺の心の準備など待つ気もないとばかりにいきなり三ヶ森先生が鍵を解き放つ。俺の後ろには疾風競と日影姉さん。俺は抱えていた木刀を構える余裕すらなく飛びかかってきた醜い人外を殴りつけていた。

「フギャァァァ!」

 グシャッと手に骨の折れる嫌な感触が伝わる。妖魔とは言え断末魔が耳に残る。

「ウギャ!フギャ!ギャッ」

 一体を殺したことで残りの4体が威嚇してくる。醜い顔が俺に向かって憎しみに燃えた瞳を投げてくる。俺とその四匹の間に嫌な緊張が漂う。そして次の瞬間、4匹が息を合わせて飛びかかってきた。俺は退魔加工された木刀を振り上げる。再びグシャッと木刀が敵の頭蓋にめり込む嫌な感触。だが、今度はそれを気にすることも出来ない。返す刀でもう一体を狙う。だが、遅い、残り二匹が俺の木刀をすり抜ける。仕留めることが出来た一体の体に俺の木刀がめり込んだが、俺はそれどころではなかった。日影姉さんと疾風さんが危険だ!

 だが、俺の目の前で二匹は一瞬で倒されていた。

「退魔三式、発破符!」

 まるで銃撃のように日影姉さんの指から放たれた光速の光の護符が醜い異界の化け物を吹き飛ばす。

「ボクを甘く見ないでよね!」

そしてその横でこの間弓道場で俺を下した光速の短刀がキラリと光り、敵を刈り取る。

「にゃはは、こんな連中よわいなからねぇ、油断しちゃダメだよ~」

 こともなげに言い放つ日影姉さん。俺を救ってくれたあの時から全くブレることのない強さに俺のあこがれは高まるばかりだ。

「まったく、甘やかしてはいけないな。もし彼女たちが一般の生徒だったらもうとっくに妖魔の犠牲になっていたんだぞ」

 コツンと月影先生のげんこつが俺の頭に振り下ろされた。

コメント

タイトルとURLをコピーしました