参日目 夕→夜 妖魔との最初の戦い 三ヶ森市鬼淵地区→三ヶ森駅前 鋳鞘岸斗

次の日の放課後、誰よりも早く弓道部にいって、弓道場の掃除をする。マネージャーという名前の
雑用だが、妖魔と戦う彼女たちにできることはこれぐらいしかないと思うから。昨日、日影姉さんが帰
ってきたのは11時過ぎだった。そんな遅くまで俺の住むこの街の平和を守るために先輩たちが頑張
っているなら俺もなにかしらできることをしなければと思ったからだ。
 週三日は予備校があるけど、それ以外はずっと弓道部で魔祓い巫女達を助けたいと思う。俺にで
きることはそんなにないから。
 だから、夕方近くなって、日影姉さんに
「昨日は居残りさせちゃったからいざやんは今日はウチと一緒に見回りに行こうか!」
 と言われた時は嬉しかった。何より強くて凛々しい日影姉さんと一緒に行けるなんて嬉しいし、学ぶ
こともきっと多いからだ。

 日影姉さんの今日の巡回ルートは駅前から、すこし町外れの森の際のあたりだった。ちょうど俺が
日影姉さんに救われた、あの道も入っている。
「うーん、今日は大丈夫かな」
 そう人気のない森の中を走る国道を歩きながら日影姉さんがいう。
「どうして分かるんですか?」
「うーん、なんとなくかな?でかい妖魔とかだと妖気でわかることもあったりするけど、そんなのめった
になくて大体、妖魔に取り憑かれた人間が挙動不審になったり、取り憑かれた動物がおかしくなって
ることが多いかも」
「難しいですね」
「まっ、基本妖魔は人間を操るのが苦手だから大丈夫だね。まぁ、何かに取り憑く前に発見できれば
一番いいけど、それはなかなか難しいんだ」
 そう語る日影姉さんの顔が陰る。犠牲者が出る前に敵を見つけられない悲しみか、索敵能力の力
不足への絶望か、それはわからない。今の俺にできることはそんなに多くないから。
 三ヶ森市は盆地にできた街で四方を山に囲まれていて緑が多い。もともと山越えの途中の宿場町
として栄えたせいで駅前の繁華街は賑やかだが一歩周辺部にいくと町の名前のもととなった三つの
森と峻厳な山が無数にある。そこを弓道部の女子たちが一人で見守っていたのかと思うと頭が下が
る。
「う~ん、なんか嫌な感じがするんだけどね~」
 そう言って日影姉さんがアスファルトの黒いシミを写真に取る。レトロなフィルム式のカメラだ。
「デジカメじゃないんですね」
「にゃはは~、ウチ、機械ダメな人が多いからね。それに…」
 注意深くアスファルトの染みに触れながら言いよどむ。
「それに…」
 ゴクリと覚悟する。
「フィルムには人に見えない物が映り込むことが多いからね」
 そう言った日影姉さんは至極真面目だった。ほんの数秒前の『にゃはは~』という笑いが嘘みたい
に…。
「ホラ、心霊写真ってあるじゃない?あれって大体は人の目に見えない妖魔の不可視光線をカメラ
のフィルムが焼き付けた結果なんだよ。だから、疑わしかったらとりあえずカメラで写真をとっとこうね
!」
「ハイ!わかりました!」
「うむ!いざやん、いい返事で、大変よろしい!じゃぁ、駅前に行くね」
 人気のない夕暮れの森の端から十五分ほど歩くと明るい繁華街の入り口だ。すっかり日も暮れてラ
ブホテルのネオンが眩しい駅裏のダウンタウン。そこで俺たちはばったりと見知った顔に出会った。

 宅岡出武男、情報の教師でパソコン部の顧問だがいい噂は聞かない。噂では女子トイレを盗撮し
ているとか学校のパソコンでアダルトサイトを見ているとか。実際だらしなく加齢臭がひどいし、いつも
同じシャツを着ているため女子だけでなく男子にまで評判は良くない。
「え、三ヶ森!」
 驚いたように一緒にいた少女と距離を取る。
「宅岡先生じゃないですか~!昨日一昨日と休んでたみたいですけど、もうお加減はいいんですか
?それにキミは隣のクラスの下坂さんだね?確か美術部長の…。部活総会で見たことがあるけど」
 そう距離をとった女子に声を掛ける。少し小柄で眼鏡が可愛い先輩だった。
「関係ないだろ。それよりお前たちこそ制服姿の男女でこんなところに来て、一体何を考えているん
だ?俺は美術部長の下坂さんが遅くまで残っていたから安全に帰れるよう送るところなんだよ!」
 鼻息荒くそう反論するデブ男。とてもじゃないがそんな雰囲気には見えない。ちなみにデブ男って
のは学園内でのこの情報の教師のアダ名だ。
「そうなんですか。にゃはは~、ウチも同じなんですよね~。ホラ、ウチってか弱い女子じゃないです
か~。いざやんが送ってくれるって言ってくれたんですよ!」
「そうか、じゃぁこんな所に寄り道せずにさっさと帰れ。そうじゃないと不純異性交遊ってことで生徒指
導に報告するからな。おい、弥尋、こんな奴ら気にせずこっちにこい」
 そういって強引に二回りは小さい学園生の肩を抱いてそそくさとすれ違う。
「なんだか、感じ悪いね~。いざやんはあんな大人になっちゃダメだよ!ま、キミなら大丈夫か!にゃ
はは~」
 顔を見合わせて笑い合う、まだ出会って数日なのに親しみやすい日影姉さんの性格のせいかすっ
かり昔からの友達のように感じる。
「それより、あの女子の先輩が可愛そうですよ。なんだか脅されてそうな雰囲気ですし」
「確かに…」
 いいかけて日影姉さんの視線が鋭くなる。
「近いよ!」

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