第一話 潜入!特別クラス! [日常パート1K][神坂夏織]

 神坂夏織(かみさか かおり)は苛立っていた。新しい任務で潜入することになった聖佳学園の学園長を名乗る男の視線があまりにも不躾すぎるからだ。手続きの間もチラチラとスカートとソックスの隙間の太ももを覗き見ているのが感じられる。それだけでもこの男が女子学園の教師としてはいかに不的確かわかるというのに、この学園に男性は数えるほどしか存在しないのだ。更に言えばこの学園に30代より上の女性は存在しない。あまりにも偏った性別や年齢、それ自体がこの学園の何らかの異常を示しているとブリーフィングで説明された。

 いままで幾多の怪人を屠ってきたボクの直感がこの学園長は油断できないと警鐘を鳴らす。油断せずに気を張っていこうと内心誓いながら、多少心細さを感じる。通常オーダーセイバーは三人一組で行動する。レッドであるボクとブルーである姫崎美園(ひめさき みその)さん、グリーンであり美園の許婚でもある一宮裕章(いちのみや ひろあき)だ。けれどもこの学園では徹底した序列化が行われており特別優秀な生徒だけが特別クラスに集められ、それ以外の一般クラスとはちがう扱いがされているようなのだ。

 事前に潜入しサポートしてくれることになっているサポーターの玲子からはボクを特別クラスに美園さんを一般クラスに入れて両方を確認したほうがいいと提案があったため、このような形になった。ボクに続いて美園さんも転入手続きをすることになるだろう。

 ボクは言われるがままに『特別クラス』に入り、自己紹介するようにした。

「皆さん、今日から一緒に学ぶことになった神坂夏織だ。よろしく!」

 簡潔に自己紹介して教室を見渡す。一目でこのクラスはハッとするほど可愛い子が多いことに気がつく。ボク自身整った顔立ちである自覚はあるが、この教室の中では平均的というところだろうか。

 そのままボクはクラスに参加して授業をうけることになった。特別クラスは学年混成になっているため通常の授業は学年ごとに移動して受けることになる。しかし家庭科や保健体育といった学年があまり関係ない授業は全員で受けることになる。休み時間も学年の垣根を超えておしゃべりし、わからないことを気軽に先輩に聞けるという点でこの形態は有効かもしれない。

 そうこうしているうちに昼休み。仲良くなった生徒会長の秋篠京香さんと一緒に食堂に行く。生徒会長の秋篠京香さんはとても上品で長い黒髪が印象的な先輩だ。転入したてのボクに気を使っていろいろ世話を焼いてくれる。信頼に値する人だと感じるが、正直今のボクにとってはミッションの邪魔になりかねない。昼休みは校内を回って非常脱出経路を探したかったが、これではゆっくりおしゃべりしながら昼食になってしまう。

食堂では家庭科の先生が調理部の部員たちとともに切り盛りしていた。なんでも調理部の部員たちはこの経験を通じて調理師の資格を得るそうだ。けれども、事前のブリーフィングではそんなことは聞いていないし、何よりもこれは明白な法律違反だ。生徒を労働させるなんて。そこでボクは現学園長、あの汚い加齢臭男がもともと調理師だったことを思い出した。なんにせよ、警察向けの最終レポートにこの事は特記すべきだろう。

そんなことを考えていると隣で秋篠さんが、

「カルボナーラスパゲティセットがオススメですよ」

と言ってきたので、

「では、ボクもそれで」

という。出てきたものは何の変哲もないパスタだった。ボクは念の為に粉チーズを振るふりをしながら毒消しをふりかける。しかし、それを口に入れた瞬間頭を鈍器で殴られたような衝撃が口内に広がる。なんというか生臭いのだ。微かに海産物の香りがする気がする。そして苦い。粘着くように口内に広がる臭いと味にボクは必死で吐き気を抑えた。

隣を見ると秋篠京香さんはなにもないかのように涼しい顔でその物質を食べている。ボクは必死で隠しながら問う、

「何か変な味がしない?」

「そうですか?私は何も感じませんが…。あ、でも私達の学食は少し癖がある味付けかもしれませんね。実家に変えると少し恋しくなります」

どうやら何らかの物質が食事の中に混ぜられているようだ。生徒会長の言う『恋しくなる』とは軽度の禁断症状ではないだろうか。このことは今晩のミーティングで報告する必要があるだろう。サンプルを司令部の方に送って解析してもらわないと手遅れになるかもしれない。

結局ボクは生徒会長との他愛もないおしゃべりに昼休みを使いきってしまった。収穫といえば今年に入ってから各部活動の成績が目に見えて落ちてきているという情報ぐらいだ。それも放課後、ボク自身が部活動に出て見れば分かるだろう。

そして放課後、ボクは道を聞いてから剣道場へむかった。ボクはこれでも神坂流剣術の師範代の娘であり、既に免許皆伝でもある。期待はしていないがそれでも剣道場という緊張感のある場所に向かうのは悪く無い気持ちだ。

「あの神坂道場の方に入部していただけるとは光栄です」

そういったのは剣道部の主将を務めているという御厨綾子(みくりや あやこ)だ。聖佳学園剣道部は決して強豪ではないが長い歴史と伝統を誇る剣道部だ。そこを任されているだけあって確かに精悍な顔立ちをしている。

けれども、実際に練習してみてわかったのは期待した以上に弱すぎたことだった。部員たちは誰も彼も、竹刀を構えるとふらついていて腰が定まってすらいない。ボクは主将を含めて全員を簡単に負かしてしまった。ただ、それでも腐っても剣道部。ボクがいる間に彼らをできるだけ鍛えようと心に決めた。

そうこうしているうちに日が暮れる。寮の夕食はやはり昼食と同じく極めてひどかったが、それも済ませ。シャワーを浴びて自分のノートパソコンの電源を入れる。時間通りにビデオチャットによるミーティングが始まる。

ボクはまずいままでの状況を説明し、学内の食事のサンプルを解析した方がいいと提案する。するとセイバー・ブルーこと姫崎美園も賛同する。サポーターの野島玲子がうまくやってくれるということに決まった。一人司令部に残されているセイバー・グリーンの北条裕章がしつこいほどに心配してくれる。申し訳ないなと思いながら、怪しまれるのを避けるためにボクと姫崎はミーティングを閉じることに決めた。

まぁ、本格的な調査は明日以降になるだろう。早く尻尾を掴み、まずい食事から開放されたいものだ。ボクは深夜に校内を偵察するための準備をしながら突発的な睡眠に襲われてベッドに倒れ込んだ。

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