弐日目 放課後 妖魔との戦いへの第一歩 三ヶ森学園 弓道部 鋳鞘岸斗

 弓道部のマネージャーに指名された翌日。俺は何をさせられるのか少し期待して弓道部の扉をくぐった。だが、一瞬で俺は自分の期待に裏切られた。昨日の妖魔云々の話の続きはなく、ただ一ヶ森先生に、今日は買い出しに行ってもらう。男子だから重いのは平気だろ?と冷たく言い放たれてスポーツドリンクの買い出しに行かされていた。二リットルのペットボトルのケースを五個も六個も運ばされてクタクタだ。

 そして俺が帰ってくる頃には日も傾いて下校時間となっていた。弓道部の女子達が帰り支度をする中、一ヶ森教諭が俺を呼び止める。

「マネージャーの鋳鞘、お前はまだ仕事があるから弓道場横の準備室に行ってろ」

 まだこき使われるのか…。そう思いながらも弓道場脇の扉を開けた俺は目を開く。凛とした一ヶ森月影を中心として少女たちがただ座って喋っている。ただそれだけなのに普段彼女たちからは感じないような冷たい決意のようなものを感じる。

「あ、キタキタ。いざやん、早く入ってきなよ!」

 そう軽く言う先輩。だが俺は知っている。彼女のこのゆるい口調が化物を前にしても変わらないということを。それは…控えめに言ってすごいことだ。

「ウチの助っ人になりたいっていう変な後輩のいざやんだよ。

 こっちの茶髪が臣河沙田輝(おいかわ さたき)、さっちんで、向こうの髪の短いのが、疾風競(はやて きそう)きそうっちだよ」

「もー、日影ねえ、その呼び方広めないでって言ったでしょ」

 髪を茶色に染めてやたらとキラキラデコったスマホをいじっていた弓道部には不似合いのすこしギャルっぽい女子が、そう言いながらチッスっと手をひらひら振ってくる。一応弓道着を着ているがどこかちぐはぐで似合っていない。

 一方でその隣の、競と紹介されたショートカットの少女がおっす!っと軽く微笑んでくる。俺を入れて四人、そこに一ヶ森先生が入ってくる。

「一応顔合わせは済んだみたいだな。魔祓い活動は基本この四人でやっている。他にも見習い巫女は弓道部や卒業生に多くいるが、それぞれ実力が不十分だったり、他にやることがあるからな。あくまでもお前と同じでパートタイムのサポート役というわけだ」

 淡々と一ヶ森先生が語ると、三ヶ森市の地図を出す。

「我々のもとにはそういうOBや未熟な者たちから寄せられた妖魔と疑わしき存在の情報が来る。だから我々魔祓い巫女の基本は現場に行って確認することだ。そして情報が確認されたら巫女同士は、龍脈が開くとこの狼煙符で連絡し合うことになっている。すると、ここに証がつく。そうしたら全員が現場に向かう。とはいえここ最近大物はいないから助っ人が来る前に終わっていることが多いがな」

 先生が指し示したいくつかの場所には焦げたような跡が地図上に映っている。

「そういうことなんだなー。っで、いざやん、キミはウチと一緒に見回りに行ってもらうことにしたんだけど、どうかな?」

 のんびりと、先輩がいつもの調子で言う。

「じゃぁ、俺は先輩、いや日影姉さんと一緒に行けばいいんだな!当然、行くよ」

 あの時、俺を救ってくれた先輩の隣にいられる。たったそれだけで俺の胸が高なる。これから望むことは危険なこと、俺自身もどうなるかわからないのに俺は先輩に惹かれてしまっていた。

「鋳鞘、お前は剣道をやっていたな?」

 まっすぐ見据えて一ヶ森先生が鋭い視線とともにそう聞いた。たしかに俺は小学校の時は剣道をしていて、市内の子供剣道の大会で上位に食い込んだこともある。だが中学校でやめてしまってこの三年間、ほとんどしていない。

「はい。でもどうしてそれを…」

「お前の動作は既に鍛えられたもののだからな。だからこれを用意した」

 そう言って三ヶ森が一振りの木刀を差し出す。全体が黒く塗られ、赤く何か草書?で書かれている。

「これはいったい…」

 思わず吸い込まれるようにその磨かれた黒い木刀を覗き込んでしまう。

「いざやんのためにウチが作った対魔術式を刻み込んだ木刀だよ、感謝しなよ!」

 そういつもの調子で日影姉が言う。

それはぐっと重い一振りの鉄木の木刀だった。血のように赤く俺には読めない草書の文字が刻まれている。

「とは言うものの過信は禁物だ。子供サイズ以下の小さな妖魔ならまだ多少は使えるだろうが、それ以上の魔の物にはただの木の棒でしかない」

「だから、強い妖魔に遭遇した時は、大きく振りかぶるんよ。そしたらどこにいたって、ウチが助けに行くからね。ま、当分はウチと一緒に行動することになるからそんな心配ないけどねー」

 そんな気の抜けた言葉が俺を力づける。これで、先輩を助けられる。この街を、生活を俺の手で化物から守れるんだ。

「そんなら、とりあえず小手調べにすこし戦ってみよっか。競っち、どう?」

 そういってなぜかショートカットのボーイッシュな女子を指名する。

「ボクはいいよ。でもここでは難しいから弓道場いこっか」 

今まで静かに立っていた、活発そうな彼女がそう口を開く。

「そうね。じゃぁ、いざやんの実力見せてもらおっか」

 日影先輩の言葉とともに全員が移動する。

 隣の弓道場、射場で向かい合った瞬間、ショートカットの少女が只者ではないと感じてしまう。ビンビン伝わってくる気迫は実戦を知っている戦士のもので、ここ数年普通の竹刀すら握ったことのない俺にはあまりにも強力だった。

 でもその一方で手の中の木刀が手に馴染む。初めて触った時の重さを感じず、まるで体の一部のような感覚、これで戦うのだ。

「じゃぁ、二人とも、存分にやりあってね、ファイッ!」

 その掛け声とともに競とよばれた2年生の足が跳ねる、決して高いわけではない射場の天井にぶつかることもなくまるでうさぎのように疾駆した彼女の姿を目で追うだけで精一杯だった。カキン!無我夢中で向かってくる少女に向かって剣を構えた。手にビリビリ震える感触。

 彼女の獲物はナイフのようなサイズだった。一応練習用の刃のついていないものに見える。でも、そんな事、考える暇もない程にすぐに彼女の二撃目が来る。

 カン!カン!

 木と木がぶつかる。そのたびに体勢を低くして立て直す少女。まるで蛇のように地面すれすれの体勢は剣道ではほとんど見ることがないせいで戦いにくい。

 そして、彼女が再び跳ねた。上段に構えなおそうとする。間に合わない。次の瞬間、彼女の模造ナイフが俺の木刀の切っ先を打ち払う。そしてそのまま重力に任せて俺の体の上に覆いかぶさり、冷たい木のナイフが首筋に当てられていた。

「いきなり入ってきた後輩なんかにボクは負けないよ!」

 そういって誇らしげに笑う二年生。でも俺が気になったのはその笑顔じゃなくて俺の股間の上にのしかかって彼女が動くたびに弓道着ごしに擦れる引き締まったお尻の方だった。

「こらこら、新人なんだからしかたないでしょうが。競っちは相変わらず子供っぽいね。まぁ、いまので全員いざやんが妖魔にいきなり殺されたりはしなさそうだって感じれたからよかったわ。ってことでいざやんは今日はここでその木刀の練習して。競っちの攻撃をどうにかできると思うまで練習しな」

「はい!俺、がんばります!」

「そんなら、よろしくね~。じゃぁ、ウチらは今日の見回りルート確認しよっか。なにもないと思うけど昨日から宅岡先生が休んでるみたいだから、一応あの周りもついでに見とかなきゃね」

「えー、デブ男のアパートって確かボクの家の近くじゃん。しかたないな~」

 さっき俺と刃を交えた少女がそうこともなげに言う。さすが、普段から鍛えているだけある。弓道部の少女たちを見る目が変わった。俺も頑張らないと。

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