誰だってそうだろうが式典というのは退屈だ。たとえそれが俺自身の入学式だとしてもだ。いや俺自身の入学式だから余計に退屈なのかもしれない。周りにいるのはまだあって数時間のクラスメート。どうやら俺の中学のクラスメートの多くはこの学園、三ヶ森学園を志望しなかったようだ。そんなくだらないことを考えながら退屈をやり過ごそうとしていた4月。
「では、一ヶ森理事長先生の祝辞です」
そうアナウンスが流れる。次の瞬間、体育館の空気が一変して引き締まったのを感じた。在校生たちのだるい空気がなくなり、つられて俺たち新入生も壇上を注目する。
つかつかとまるで軍人か警察官のように背筋を伸ばして壇上に出てきたのは麗人だった。普通理事長という言葉から想像するようなはげかかった老人の男性というイメージとは正反対の若くて美しい女性だった。つややかな黒髪、鋭い視線が壇上からまるで俺たち一人ひとりを貫くように発せられる。
「私が理事長であり、数学教師の一ヶ森月影だ」
緊張して静まり返った体育館によく声が響く。中性的で鋭い声。その一言でどうして在校生たちが緊張したのかすぐに分かる。厳しそうだ。女教師と言うともうすこし柔らかいイメージがある。まるで軍人のような鋭く冷たい凛として美しい、それがこの学園の理事長だった。
「これからこの学園で君たちは数年を過ごすわけだが、その間に秩序と規律を学ぶことになるだろう。我が学園は明治に創立されて以来多くの優秀な卒業生たちを輩出してきた。我が学園を卒業することは彼らに連なるということだ。そのために私は容赦なく君たちに秩序と規律を教育する」
しんと静まり返った体育館。全員が耳を傾けている。そして俺は気がつく。ただ厳しい教師が怖いだけで全員が静まり返っているわけではない。むしろもっと肯定的なニュアンス、強い月影先生のカリスマに惹きつけられて耳を傾けてしまうのだ。
「わが校での学園生活を通じてき君たちは規律ある人間となり、この世界を維持する正義の使命を自覚するだろう。昨年の卒業生の多くはすでにこの国のために、この社会のために働き始めている。職業に貴賎はないが…正義と秩序の使命のために働けばこそだ」
そこですこしためて、壇上から全員を見渡す。まるで一人ひとりにその言葉を突きつけようとするかのように。
「だから君たち新入生はこれからの生活にうつつを抜かすことなく自己研鑽に励んでほしい。以上!」
普通の入学式で正義だの規律だの秩序だのといった鋭く重い言葉が出てくることはないだろう。だが、それらの激しい言葉がこの学園の、俺の通う学園の理事長にはよく似合った。
コツコツっと靴音を高く響かせて理事長が退出する。壇上から一ヶ森月影先生がいなくなった瞬間、体育館に普通の空気が戻ってくる。あの人は存在だけで全校生徒の空気を塗り替えるほどの威光があった。俺は目に焼き付いた美しい理事長の姿に惹きつけられていた。凛とした雰囲気を思い出すだけで俺まできちっとしなきゃと思わされてしまうほどの存在感だ
「一ヶ森先生の祝辞でした。つづいて学園自治会長の三ヶ森日影さんからの祝辞です」
アナウンスが降り注ぐ。再び体育館の空気が変わる。今度は緊張ではなく期待のようなかんじだ。まるですきなアーティストの登場を待つような感じ。
そしてそれもすぐに理由がわかる。
高い身長、パーフェクトなスタイル。女子らしいふっくらとした体つきでありながらもどこかキリッとした印象も受ける。制服を着ているのに、彼女が着ると魅力が倍増するようなそんな感じだ。すこし青みがかったロングヘアをふわっと流して、気が抜けたように笑う。
「新入生諸君、ウチがこの学園の学園会長の三ヶ森日影だよ!悩み事があったらなんでも気軽に聞いてくれて大丈夫!たぶん、みんな一ヶ森先生の挨拶でウチの学園にドン引きしちゃってるかもしれないけど、気にしなくていいよ」
そう言い放つ。その発言だけで彼女も先程の一ヶ森先生に負けず劣らずの強いキャラクターだとわかる。理事長が引き締めて、締め上げた空気を一瞬でぶち壊し。ゆるい感じにしてしまう。にゃははは~っと笑顔を浮かべる先輩はそれはそれで近寄りがたく感じる。
さっきの一ヶ森先生のような緊張感のある近寄りがたさじゃない。むしろ身近な場所にいる美人でみんなが好きだとわかるからこそ俺がちかよっていいのかわからなくなるたぐいの憧れに似た近寄りがたさだ。
「みんなが楽しく学園生活を送ることが一番だからね~。食堂のリクエストは学園自治会の目安箱に。一ヶ森先生が怖いとかそういうクレームも気軽に送っちゃってね。それからウチは女子弓道部に入ってるけど、もちろん新入部員を大募集中だから気軽に見学に申し込んでね。あ、他の部活もいろいろあるから面白そうだなと思ったらまず体験入部してみるといいよ~。体験入部なんて一年生のこの時期しかできないからチャンスは逃さず、今すぐ申し込みだよ!」
そう言ってウィンクしてみせる。このあと女子弓道部どころか男子弓道部まで入部希望者が殺到したのは言うまでもない。ふわふわしながらもカリスマにあふれてる。それが俺たち新入生が三ヶ森日影に感じた第一印象だった。なんだか変な学園に入学してしまったけど楽しそうだ。俺は入学初日にそう感じた。
「それでは校歌斉唱です。演奏と指揮は吹奏楽部と合唱部の皆さんです」
そうアナウンスとともに吹奏楽部と合唱部の部員たちが壇上にぞろぞろと楽器とともに上がってくる。でも、一ヶ森日影は壇上を去る気配も見せない。それどころか彼女は臆することなく口を開いた。吹奏楽部も合唱部も彼女の背景の一部となってしまう。全員が、まだ校歌をしらない新入生の俺達ですら声を彼女と合わせたいと思ってしまう。
♪深い木々のその奥に
我らが学び舎三ヶ森
正義と規律の名の下に
常世の秩序を守り育む
ああ、輝く我らが未来
ああ、輝く我らが校舎
この世界を愛する使命に燃えて
我ら学び続ける
深い山々のその奥に
我らが学び舎三ヶ森
正義と規律の名の下に
世界の平和を祈り育てる
ああ、輝く我らが理想
ああ、輝く我らが校舎
この世界を良くする使命に燃えて
我ら学び続ける♪
コメント